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2014年07月29日

俺とスルガニャンとクロガネの翼(完結) *この物語はフィクションです

  2 新たなる旅立ち

 突然の出来事だった。
 俺は次の福袋をなににするか、由宇君と話をしていた。
「――サイコー君。ちょっといいかにゃ?」
 スルガニャンが事務所に入ってくる。でも、なぜか元気がないように感じた。どうしたんだろう。
「どうしたの、スルガニャン?」
「うん、実はサイコー君に言っておきたいことがあってにゃ。これ……」
 スルガニャンが俺に渡したのはなにかの冊子だ。タイトルは脳移植と書かれていた。
「これ……どうしたの?」
「うん、実は嫁と相談したところ、脳移植の手術をアメリカでやり直さないかって話になったんだにゃ」
 え……ちょっと待って。っていうと、スルガニャンはスルガニャンでなくなる? 猫でなく、人間に戻るのか?
「そんな……ウソだろ、スルガニャン。だってこんなにラブリーな姿してるじゃないか。今さら人間に戻っても!」
「でも、おいらも十年前までは人間だったにゃ。……また人間に戻りたいな、そう思うことも少なくないんだにゃ」
 そ……んな。
「サイコー君はおいらのことをかわいいって、いつも言ってくれてるにゃ。だからまずはサイコー君にこの話を……サイコー君?」
 俺は今、どんな顔をしているんだろう。
 スルガニャンの幸せを考えると、そりゃあ人間に戻ったほうがいい。
 猫のままでいてほしいと願うのは俺のエゴか。
「スルガニャン……君はそれでいいの? 後悔しない?」
「うん……嫁と決めたことにゃ」
「そう、だったら……いいんじゃないか、脳移植」
「突然の話でごめんにゃ。明日からおいらは嫁と一緒にアメリカに渡ろうと思ってるにゃ」
「明日? ……待って、スルガニャルさんはお婆さんが生きている間、ずっと富山にいるんじゃあ?」
「その、お婆さんが先日亡くなったにゃ。寿命だったらしいにゃ」
 明日……明日だって? いくらなんでも急すぎる。もう猫の姿のスルガニャンは二度と見ることができないのか? ……いや、猫でなくなったらスルガニャンはスルガニャンでなくなる。
「サイコー君、ごめんだにゃ……」
「俺はスルガニャンの幸せを一番に考えてるよ。……行っておいで。最後に、頭撫でさせて」
 この温もり、もう感じることはできないのか。
 ――ポタッ。
「うにゃっ? 頭になにか落ちたにゃ」
「スルガ……スルガニャン……! 大、好きだっ……!!」

 明日からスルガニャンは駿河屋にいない。俺はこの日、駿河屋を辞めてしまった。

 ――一か月がたった。
 俺はスルガニャンの出来事を小説にして書こうとしている。
 ……一か月たって、ようやく行動を起こした。それまではショックで誰ともろくに話をしていない。
 塔子さんと由宇君が何度も電話をくれた。また駿河屋に戻ってこないか? と彼らは俺を誘ってくれる。
 正直ありがたかったけど、スルガニャンのいない駿河屋は駿河屋じゃない。
 机の上に置いているスルガニャンぬいぐるみ。これを見るといつも思い出してしまう。
 でも、なにをどうしてもスルガニャンはもうこの世にいない。人間に戻り、しかもおっさんになったスルガニャンなんて見たくはない。
 俺とスルガニャンの思い出はずっと猫のままで大事にしまっておくんだ。
 ぬいぐるみを抱きしめるが、そこに温もりはない。「サイコー君!」といつも俺の名前を呼んでくれたスルガニャンは……もういない。
 キーボードが涙で濡れてしまう。
 ダメだなぁ、こんなんじゃあいつまでたっても作家デビューできない。もう書くの、やめようかな。どうでもよくなったよ。
 ただ一つ、願いが叶うなら。もう一度スルガニャンに会いたかった。
 ――コンコン。
 ワンルームのマンションのドアを叩く音。……下らない。宗教の勧誘か、飲料メーカーの無料試飲だろ。ああいうのホントいいから。
 ピンポーン。
 ドアを叩こうが、ピンポンを押そうが無視だ。早く出て行ってくれ。
「……おぉーい、サイコー君。いるかにゃ?」
 スルガニャン? ……まさか。幻聴か?
「サイコーくぅん、おいらだにゃ。ここを開けてにゃ」
 間違いなくスルガニャンの声。でも、ドアを開けたら人間のおっさんが出てきたらどうしよう? それだったら会わないほうがいい。
 俺はドア越しに話した。
「スルガニャン? スルガニャンなのかい?」
「そうだにゃ。もうおいらの声を忘れたのかにゃ? サイコー君は薄情だにゃ」
「でも、もうおっさんになったんでしょ? 人間に戻っちゃったんでしょ?」
 自分で言っておきながら答えは聞きたくなかった。耳を塞ぎたかったぐらいだ。……でも、俺の心のどこかで願っていた。まだスルガニャンがスルガニャンであることを。
「手術は延長になったにゃ。まだそこまでの技術に進歩するまであと十年かかると言われたにゃ。だから日本に戻ってきたんだにゃ」
 本当に? だったら、スルガニャンは俺の大好きな……あのスルガニャンなのか?
 俺はドアを開けた。右下のほうにちょこんとスルガニャンが座っていた。
「一か月ぶりだにゃ、サイコー君」
「スルガニャン……本物の、スルガニャン!」
「はは、なにを言ってるんだにゃ、そんなの見りゃ――サイコー……君?」
 十年。俺はまたスルガニャンと一緒に過ごすことができるんだ。
 俺は駿河屋に戻ることを決めた。皆がそれを受け入れてくれた。
 このことをブログに書くと、多くの人たちから温かいコメントが送られた。

『サイコー君、よかったね!』と。

 俺は幸せだ。スルガニャンが傍にいてくれて。
 駿河屋という存在が俺の人生を大きく変えた。駿河屋がマジで最高!

俺とスルガニャンとクロガネの翼(7) *この物語はフィクションです

第三章 クロガネの翼

  1 クロガネのサントラを探せ

 富山を出発して四時間後、俺たちは駿河屋本社に着いた。もう空は真っ暗だ。
「スルガニャン、起きてる? 行こうか?」
「んにゃ? もう着いたのかにゃ? 寝ていたら早いにゃ……」
 受付のところまで行くと、塔子さんが駆け寄ってくる。
「お帰りなさい!」
「やぁ、塔子さん。お母さんはちゃんといたよ」
 というか、すぐに連絡するの忘れていた。怒られるかな……。
 塔子さんはその場で膝をついてしまう。どっ、どうしたの?
「塔子!」
 すぐさまスルガニャンが塔子さんに飛びつく。
「どうしたにゃ? どこか体が悪いのかにゃ?」
「いえ……連絡がなかったもので……てっきり母上はまだ見つかっていないのかと、そう思っていましたから」
「ごめんにゃー。おいらたちもすぐに連絡を入れようとしたんだけど、クロガネ君に会って話をしているうちに忘れてしまったにゃ」
「クロガネ君? ……どこかで聞いた名前だな」
「母さんの情報を提供してくれた青年だにゃ。彼はクロガネのサントラを探しているんだにゃ。世話になった分、おいらたちが見つけてあげたいもんだにゃ」
 そうだ。クロガネのサントラの買取価格を上げよう。サイトの更新は由宇君が担当だ。彼なら二階にいるはずだ。
「さっそく行動開始だ。スルガニャンは奥方のことをきっちり塔子さんに伝えておくんだ。約束した内容もね。俺は由宇君にあって、クロガネ対策をしてくる」
「ラジャっにゃ!」

 ――コンコン。
「やぁ、由宇君」
「サイコーさん!」
「無事、お母さんを見つけることができたよ。……連絡、遅くなってごめんね」
「本当ですかっ?」
 嬉しいんだな。そうだよな。お母さんには十年も会っていないんだから。
「それで、母さんは?」
「今は理由があってすぐに帰ってくることはできない。でも、いつか必ず戻ってくるって約束してくれた。スルガニャンとも仲はいい感じだったよ。アツアツでちょっぷりヤキモチ焼いたよ」
「え……そうなんですか」
「お母さんのことはスルガニャンに任せておけばいい。由宇君に今からやってもらいたいことがあるんだ。いいかな?」
「もちろん、いいですけど……?」
 俺はクロガネ君の話を彼に全部聞かせた。由宇君は俺の今からすることに賛成した。
 買取金額の引き上げ。それも千円から三万円。三十倍だ。
「――いいですか? やりますよ」
「あぁ、やってくれ」
 由宇君が最終決定のクリックをする。……これでクロガネのサントラの買取価格は三万だ。
「これで誰か売ってくれるんでしょうか?」
「わからないな。存在するのかどうかもあやしいからな……。見つかってほしいよ」

 ――それから一か月がたった。
「お早う、由宇君」
「あ、お早うございます」
「どうかな、今日は?」
「いえ、残念ですがまだあんしん買取で申し込みは来ていません」
 三万円。ゲームの予約特典ならこれで十分だと思うけどな。持ち主はなぜ手放さないんだ? 曲だったらパソコンに落としてしまえば、あとはもういらないだろう。
「三万でも買取に申し込みが来ないとすると……やっぱり存在しないCDなのか?」
「でもブログで紹介されているんですよね? 存在しないことはないと思いますよ。……だって、ウチで一度は買い取って販売したことがあるんですから」
 そうか。そうじゃないと駿河屋でサントラの買取の画像は出てこないはず。少なくとも一度は売買されているんだ。
「……原点に戻ったほうがいいかもしれない。そもそもクロガネとはなんなのか?」
 俺はググってみることにした。

 ストーリー
 舞台は風薫る地方都市虹原―――。
 少年『鎹夏希(かすがい・なつき)』は、生まれながらにして普通の人とは違う『力』を持っている。
 しかし、普通の生活を望む夏希にとって、その『力』は邪魔な物でしかなかった。
そんなある日、父親が再婚し、新しい母親と共に妹の『鎹春奈(かすがい・はるな)』がやってくる。
 突然の出来事に戸惑う夏希だったが、家族が出来ることを喜び歓迎した。
 幼馴染の『御陵七深(みささぎ・ななみ)』と、いつも通り穏やかな学園生活を送っていた所に、更に変化が加わっていく。
 海外からの転校生『ナディア・アルハザード』と『リリス・スノウドロップ』が、クラスメイトとして加わったのだ。
 二人の特殊な雰囲気を警戒する夏希だったが、接していくうちに警戒も薄れ、仲のいい友へと変わっていく……。
 それが、夏希の日常を次第に変化させていることに気づかずに……。

 ブランド:White Cyc
 ジャンル:いのちを紡ぐ恋愛AVG
 原画:ヲン、成沢空、金たロウ
 シナリオ:由希
 主題歌:Team-OZ (歌手;癒月)
 BGM:Team-OZ

 ……なるほどな。発売日は二〇〇九年十二月十一日金曜日。
 価格は九千二百四十円。本体価格は八千八百円……と。
 特別変わったゲームというものでもないな。てっきりグリード・アイランド並のゲームだと思ったよ。
「どこかに売ってないものなのか。ヤフオクで出品されているなんてことはないよな……」
 念のために検索。……だが、もちろん出品などされていない。
「ダメだ。このままじゃあクロガネ君の期待を裏切ることになる。彼はスルガニャンと奥方の引き合わせてくれた恩人だと言ってもいい。どうしても彼に報いたい」
「秋葉原に行ってはどうでしょうか? あそこならそういうものが集まるかと……」
「確かに……ソフマップは関東に地区二十八店舗を構えている。秋葉原地区十店舗、池袋地区二店舗、新宿地区五店舗、有楽町、赤坂見附、立川、八王子、柏、大宮、横浜、町田、川越、川崎、水戸……十分に狙い目はあるぞ」
「一度行ってみますか? もちろんその費用はウチで払います」
「ありがとう。でも俺は関西のほうも気になっているんだ。関西では地区九店舗。日本橋地区二店舗、梅田、天王寺、神戸、京都、なんば地区三店舗。関東と比べてオタク熱がややヌルいんじゃないかなって思ってる。その分、サントラが残っている可能性は高い」
「電話で一軒一軒聞いてみるのはどうでしょうか……?」
「なんばのほうでは昨日あった店が潰れている、なんてことも珍しくない。潰れた店には翌日、別の店がもう入っている。それほど激戦区なんだ。なんばは」
「だったら直接行くほうがいいかもしれませんね」
「あぁ、一人で東京と大阪を回るのは少し骨だが、この際だ。スルガニャンの恩人に報いるためなら、これぐらいのことはしよう」
「――よく言ったにゃ!」
 その声……スルガニャン?
 振り向くと、スルガニャンと塔子さんが部屋の入り口のところで立っていた。
「サイコー君、東京はおいらに任せるにゃ。君には大阪に飛んでほしんだにゃ」
「スルガニャン一人で? そんなの心配だよ!」
「大丈夫にゃ。塔子も同伴してくれるにゃ」
「でも、そんなに駿河屋メンバーが抜けたら、肝心の経営はどうなるのさ? いくらなんでも由宇君一人に押しつけるのは無理だろ?」
「サイコー君、思い出すがいいにゃ。駿河屋には多くの外人スタッフに貴殿野郎、お辞儀君もいるんだにゃ。彼らのことを忘れていないかにゃ? 全員、これまで駿河屋を支えてきた猛者たちだにゃ」
 そうか……俺たちにはこんな大勢の仲間がいたんだ。
「関東は任せろにゃ。サイコー君は関西を頼んだにゃ!」
「はいっ!」

 こうして俺は一人、大阪に向かうことにした。
 ……懐かしい。駿河屋で働くことになってまだ一度も帰ってきたことがなかった。
 オヤジとオフクロ、元気かな?
 新大阪に降りると、俺はすぐに乗継でなんばに向かった。クロガネのサントラがありそうな店を事前にネットで調べることにした。
 大阪・日本橋のオタクスポット、通称「オタロード」。
 K―BOOKSやアニメイトがあり、オタロード沿いには男性向けの商品を扱う店やフィギュアショップなどが多い。
 一軒ずつ店に入ってみるか。一体何時間かかるんだろう。
 一軒目、入ってみる。そこはガチャガチャやプライズがメインで置いてある店だった。
 ……違うな。ここには売ってそうにない。出よう。
 二軒目。入ったところはレトロゲーム専門店だった。ありそうだが、ちょっと違うような気がする。
 ファミリーコンピューターが多い。スーファミも。駿河屋らしい品揃えだな。でも違う。
 一応、お店の人に尋ねるがパソコンゲームは扱っていないようだ。残念。
 次に入ったところもゲームショップ。ここはまだ新しい商品が並んでいる。パソコンゲームはあるかな……?
 ――見た感じ、なさそうだ。店は縦に長く、幅が狭い。店内に置ける商品の点数も限りがあるな。ここも違うようだ、出よう。
 四軒目。いわゆるボックス販売専門の店だ。ボックスを借りる客は月に三千円ぐらいで借り、そこで販売を行う。
 売っても手数料で店にいくらか支払わないといけない。昔はこの方法がけっこうはやったもんだ。しかし、誰でも手軽にインターネットができるようになった今では、それももう厳しい。この業界はどんどん廃れていっている。まだ存続していることが珍しいぐらいだった。
 一応、すべてのボックス(ガラス張りになっている)を確認。……だが、クロガネのサントラはない。
 五軒目。ソフマップなんば店に行ってみた。
 六階には新品アダルトPCゲーム、アダルトDVD・ブルーレイ映像ソフト、アダルト書籍、中古アダルト実写DVD・ブルーレイが販売されている。
 七階には中古アダルトPCゲーム、アダルトアニメDVD・ブルーレイが販売されていた。
「……両方行ってみるか」
 大きな店なので回るのが一苦労だ。だが、ここが一番可能性としてはあるな。

 ……一時間後。
 これだけ探してもない、か……。そう簡単にはいかないものだ。
 売っていない。ここになければどこにもないような気がする。本当に幻のゲームだ。
 まだ十万円とかで売っているほうがどれだけありがたいか。
 向かい合わせになって中古パソコンゲームの店があるからそこも行ってみた。……でも、たぶんないんだろうなぁ。
 ――結果は当然のごとく、ない。
 DVDショップや本屋にも行ってみた。電球や、そういう部品を扱う店にも行った。
 ゲームと関係ない店にも行きまくった。聞きまくった。……でも、手がかり一つすらない。
 絶望だ。クロガネ君の悲しむ顔が思い浮かぶ。
 スルガニャンのほうも苦戦しているだろうな。ちょっと電話でもかけてみるか。
「――スルガニャン、調子はどうだい?」
「うにゃー、こっちもアキバに着いたけど、クロガネのサントラはなさそうだにゃ。っていうか、いろんな人に勝手に触られてるにゃ。こいつらは一体なんにゃ?」
 スルガニャン? ……そんな、スルガニャンが猫ハラに遭うなんて。
「スルガニャン、大丈夫? どこ触られてるの?」
「い、いろんなとこだにゃ。最初は頭、今お腹も触られてるにゃ。コラ! 触るにゃっ!」
 スルガニャン〜ッッ!!
 今すぐ行って助けてあげたいよ。あぁ、スルガニャン! スルガニャンッ!!
「……ま、こっちは大丈夫にゃ。こいつらも次第に触り飽きると思うにゃ。それまでじっとしとくにゃ」
「スルガニャン……俺がいたら、そんな目に遭うこともなかったのに」
「サイコー君、二、三日探してなかったら駿河屋に戻ってくるにゃ。なにか新しい作戦を立てないと、このままじゃあラチが明かないにゃ」
 スルガニャンの言う通りだった。探し方を変える必要があった。でも、どうすればいいのか……俺にはわからない。
「じゃあ三日後に駿河屋で落ち合うにゃ。良い報告を期待しておるにゃ」
「うん、わかった。またね、スルガニャン……」

 俺はこのあと三日間、大阪の街で探してみたが、やはりクロガネのサントラは見つからなかった。
 というわけで駿河屋に戻ることにした。
 この三日間でスルガニャンからなんの連絡もないということは、彼のほうもダメだったのだろう。……はぁ。
 ――駿河屋に到着。受付のところで座っている塔子さんに挨拶し、俺は二階に上がる。
 事務室にはスルガニャンが扇風機に向かって、「アァ〜ァァァァァァ」と言って遊んでいた。……かわいい。
「かわいい、スルガニャン……」
「――ん? その声はサイコー君か?」
 三日ぶりのスルガニャンだ。ずっと会いたかった。
「スルガニャンッ!」
「わっ! ちょっ……来るにゃ!」
 顔に猫パンチに受ける。それでもスルガニャンの爪を、肉球を、顔全体で味わい、俺は幸せだった。
「スルガニャン、猫ハラされたって言ってたけど大丈夫だった?」
「猫ハラ? ……あぁー、お前のさっきみたいなことにゃ。別にどうでもいいことにゃ。相手はお姉さん方だったし」
 羨ましい。どっちの立場でもいいなぁ。
「ま、その様子だとサイコー君も無理だったようだにゃ。クロガネの翼」
「うん。無理だったよ。スルガニャンもだよね……どうしよう」
「どうもこうも、おいらにはわからないにゃ。だからこうして扇風機で遊んでるにゃ。サイコー君もやるかにゃ? 変な声が返ってきて楽しいにゃ。アァ〜ァァァァァァ……」
「いや、俺はいいよ……」
 そんなときだった。由宇君が素っ頓狂な声を上げたのは。
「あっ!」
 そのとき俺は彼がスルガニャンの遊びに付き合っているのかと思った。
「由宇。扇風機にアァァァ〜って言わないと、変な声にならないにゃ。やり直しにゃ」
「違うよ、父さん。クロガネの翼が……ネットオークションに出品されているんだ」
「え?」
「にゃんだって?」
 マジ……? マジで出品されてるの? 俺たち西に東に、あれだけ探してきたっていうのに。
「由宇、それは本当かにゃ?」
「本当だって。ほら、画面見てよ」
 ……確かに出品されている。しかも千円で。入札者はまだゼロだ。出品されてからまだ三時間ぐらいしかたっていない。
「は……ははは、これでクロガネ君も念願のサントラを手に入れることができたじゃないか。よかった……」
「いや、待つんだにゃ、サイコー君。もしかしたらとんでもなく値が吊り上がる可能性だってあるにゃ」
「まさか。だって千円で出品してるんだよ。もっと価値のあるものだったら一万円とかで出品してるって」
「でも……注目してる人は多いと思うにゃ。おいらたちがこれに気づいたのは幸いにゃ。オークション終了日までまだ一週間もあるにゃ」
「そうか。時間がたつにつれて、オークションで出品されているのが知られてしまう。由宇君、サイトでアピールしてるクロガネの買取のページ、削除して」
「了解っ!」
 俺もブログのほうでクロガネの記事は削除しておこう。これで少しは広まるのが防げるか。
「クロガネ君に電話しておいてやろうにゃ。落札しろよぉ〜って」
「スルガニャン、ついでにヤフーIDも聞いてて。俺たちとバッティングしないように」
「OKェ〜にゃ〜」
 資金はどれぐらい準備しておく? 三万で足りるかな?
 もし足りなかったらいくらまで出そう。スルガニャンの恩人だ。お金で解決できることぐらいはしてあげたい。
「……百万。スルガニャン、例え百万まで値が上がったとしても、俺たちはこの上の価格で入札できるか?」
 スルガニャンはちょっと考えて、「できるっ!」と答えた。その言葉を聞いて俺は安心した。
「スルガニャンぬいぐるみで得た資金が潤沢にあるにゃ。今がそれを使うとき。金に糸目はつけないにゃ」
「手に入れよう、クロガネのサントラを!」

 オークションに変化が見え出したのは四日後のこと。
 オークション終了日の三日前だった。
「サイコーさん、見て!」
 俺は事務所でスルガニャンと、新しいスルガニャンぬいぐるみの大きさやポーズなんかについて、熱く語っていたところだった。
「なに? 由宇君」
「入札があったんですよ。それも十一件も」
 十一件? いきなり?
 昨日まで入札はゼロだった。それがまだ終了日まで三日前だっていうのに……。
「それで値段は?」
「五千二百五十円です。どう思いますか?」
「待ってくれ、そのIDにクロガネ君のものはあるか?」
 カタカタカタ……。
 ――あった。しかも最高落札者だ。
「とりあえず五千二百五十円で落ち着いているんだろ? じゃあそれで打ち止めの可能性もある。しばらくそのまま様子を見よう」
 そして翌日。
 俺はスルガニャンの玩具の猫じゃらしを用意して、事務室に向かっていた。
「スルガニャーン、猫じゃらし買ってきたよー。遊ぼー!」
 なんかもうこれだけでは仕事をしに来ているようには見えないな。
 デスクトップの前でスルガニャンと由宇君が大きな口を開けたまま止まっていた。
「スルガニャン? それ、なんの遊び?」
「み、見るにゃ。クロガネのサントラ……ものすごく上がってるにゃ」
 上がったといってもたかが知れてるだろう。スルガニャンたちはなにをそんなに驚いてるんだ。
 猫じゃらしをスルガニャンの頭でポンポンと当ててから、俺はモニター画面を見た。
「五千……ん? 上がってない? むしろ減った?」
「なに言ってるにゃ。一桁違うにゃ。五万にゃ」
 五万? パソコンゲームの予約特典が五万?
「すっげー上がったな。まだ最高入札者はクロガネ君なの?」
「違うにゃ。クロガネ君は四万のところで脱落。それでも三人で値段を競い合ってるにゃ」
 まだ三人もいるのか……困ったぞ。冗談で言っていた百万とかも、もしかしたら達するかもしれない。
「とんでもないことになったね……そろそろ俺たちも入札しておくか」
 こちらは資金が豊富だ。参戦してやろう。いくらで入れる?
「……サイコー君に任せるんだにゃ」
「わかった。じゃあ七万円で入れてみよう」
 カタカタ……。
 ――が、あっけなく弾かれてしまった。現在七万千円。
「ウソだろ? 高すぎだろ? だってサントラCD一枚だよ? これ入札してる奴、どうかしてるんじゃねーの?」
 俺たちもその一人だけどな。
「サイコー君、どうするにゃ?」
「ちょっと様子を見よう。オークション終了までまだ三十時間ある。様子を見るんだ……」
 怖い。一体いくらまで値が上昇するのか。……スルガニャン、そんな不安そうな顔しないで。きっと、なんとかなる。
 この日も業務をこなすが、頭の中はクロガネのサントラのことでいっぱいだった。他の人たちもそうだろう。まさかこんな厄介になるとは思ってもみなかった。さすが話題のクロガネのサントラだな。
 ――翌日。オークション終了の時間は夜の十二時だ。
 今は朝の十時だから、まだ十四時間ある。さて、現在の価格をチェックしようか。……また昨日と同じようにスルガニャンと由宇君が固まってるよ。
「スルガニャン、由宇君。お早う」
「サ、サイコー君……とんでもないことになってるにゃ」
「まさか十万円超えたとか?」
「二十……万円を超したにゃ」
 二十万? シャレにならねぇ。出品者はどんな思いだろう? こんなに上がるとは思っていなかったず。なんで一万円もしないゲームの特典が二十万円もつけてるの、ねぇ?
「でも……まだまだ上がるんじゃないか。大抵オークション終了の三十分前からだぜ。値段が激しく動くのは。早すぎるだろ」
「サイコーくぅん……」
「スルガニャン、前にも話したけどはっきり決めておこう。いくらまで出せる?」
「ひゃ、百万ぐらいで……」
 百万なら出せるか。さすがにこれだけあれば大丈夫だろう。マジで誰だよ、吊り上げてるの。イタズラ入札じゃねーの?
「もちろんだけどさ、今夜、オークションが終わるまではここにいるよ。ホントどうなるか予想がつかないからね。スルガニャンも由宇君も残って」
「……わかったにゃ」
「わかった。一緒にがんばろう、サイコーさん」
 夜九時。アルバイトの大半が帰っている。
 二階の事務所にいたのは俺、スルガニャン、塔子さん、由宇君。それに貴殿野郎とお辞儀君もいた。
「いやはや! ドキドキするでござるなぁ、サイコー殿!!」
「えぇ……でも、もうちょっとテンション落としてもらえませんか? 貴殿野郎さん」
「サ、サイコー君。ごめんね、いつも買取が遅くて。ごめんね? ごめんね?」
「いえ、慣れてますし、ネットオフと比べたらまだちょっと早いほうですから。だからそんなに頭を下げないで下さい。っていうか、今買取の話なんかしてないでしょう?」
 駿河屋の正社員は個性のあるメンバーばかりだ。
「いくらになってる? 由宇君」
「価格は、六……六十万?」
 六十万……。大した額だ、本当に。
「勝負は終了間際、十分前だ。それまでは我慢。ギリギリのところで勝負してやる」
 しかし、時間がたつにつれて、入札額はどんどん上がっていった。
 十時の時点で七十五万を記録し、十時半になると百二十万円を突破してしまった。

「サイコォーくぅん、どうするにゃ〜?」
「まさかこんな……百二十万? なに考えてんだよ。おかしいだろ、明らかによぉ」
 理解できなかった。このゲームには宝石でも散りばめられているのか?
 世界に一本しかないとか? ふざけるなよ。なんだよ、百二十万って。とっくに予算オーバーだ。
「スルガニャン……百万以上はやっぱり無理かな?」
 うーんと腕を組んで考えるスルガニャン。時間も迫っていた。
「――わかった。百五十万円まで出そう。クロガネ君はおいらの嫁を見つけてくれたんだからにゃ」
「ごめん、スルガニャン……由宇君。百三十五万でいこう」
「はい!」
 カタカタ……。
『あなたが現時点で最高入札者です』
 よし。さすがに周りも諦めるだろう。今の価格が百三十一万円になってる。俺たち以外はいくらで入札したかはわからない。もう諦めてくれ。また今度流れるときが来る。だから今回は俺たちに買わせてくれ。
「サイコー君……値段の動きが止まったにゃ」
「よかった。どうやら百三十万円がボーダーラインだったみたいだね。もう大丈夫さ」
 時刻は十時四十五分。オークション終了時間まであと十五分だった。
 心臓がバクバク鳴っている。百三十五万。これで買えてほしい。
「サイコーさん、これ……??」
 由宇君の声。……その声、嫌な想像をしてしまう。聞きたくない。が、ここで逃避することはしてはならない。厳しい現実に向き合うしかないのか。
「由宇君、どうした?」
「あ……あ。百四十万円です」
 やられた! 百四十万? しかも一人抜けたとはいえ、まだ二人もいるのか。こいつらがどんどん値を上げてしまう。
 スルガニャンが出せる金額のマックスが百五十万。もうそれを超えようとしている。
「最後のお願いだ……百五十万で」
「百五十万? いいんですか、本当に。たかがサントラCD一枚ですよ?」
「わかっている。辛いのは俺も同じだよ。でも、これでラストだ。入札してくれ、由宇君……」
「はい……わかりました」
 百五十万。しかし、これでクロガネに恩を返せると思えば、高くはない。スルガニャン、俺もっと働くから。この費用をまかなえるだけ、もっとがんばるから。企画とかいろいろ考えて。
「――あっ!」
 大きな声を上げたのは由宇君だ。
「サイコーさん……と、とんでもないことに」
「なにが? 百五十万だ。まさかこれで入札できないなんてことないだろ」
「その……まさかです」
 現在の価格、百五十一万だと? なんだこりゃ?
「あり得るのか? これ、いくら入札しても誰かが上乗せする。そういうシステムじゃないのか?」
 詐欺かもしれない。出品者の評価を調べてみることに。……そしたら、評価255。悪いの評価は一つもなかった。
「誰かとグルになって価格を吊り上げている可能性はないか……だとしたら競っている相手はかなりのマニア。クロガネ君など足元にも及ばないほどのマニア」
「マニアはお金持ちの人が多いって聞きますからね……」
 それでも異常だよ、こいつは。限界が見えない。勝てない!
「サイコーさん、値段がさらに上昇しています。百六十万……百八十万!」
 ハンパねーな。これだともう諦めるしか……。
「……サイコー君、あと五十万だけ、いくんだにゃ」
「スルガニャン、それって……二百万円だよ? そんな大金、サントラCD一枚買うだけに使うなんて、馬鹿げてる!」
「でも……でも……悔しいと思わないのかにゃ? クロガネのサントラを買うことでしか、クロガネ君に恩返しはできないんだにゃ!」
 確かに、スルガニャンの言う通りでもある。しかし……。
「勝負するにゃ! こうなったら前にサイコー君が企画した、おいらのサイン会でも開くにゃ!」
「いいの……スルガニャン。オタクのおっさんとかにも握手されることになるんだよ? ずっと嫌がっていたじゃないか」
「背に腹はかえられないにゃ!」
「……わかった。二百で、行く。由宇君!」
「あの、二百ですか? 本当に……」
「あぁ、二百で頼む」
 俺たちはどうかしているのだろう。後悔しそうな気もする。
「――やめないか、由宇! 二百万だぞ? お前ら正気か?」
 止めたのは塔子さんだった。……そう、彼女が正しいよ。でも男には退けないときがあるんだ。
「塔子さん、気持ちはわかるけど……」
「貴公は二百万という金の価値がわかっているのか? 駿河屋で二百万円稼ぐことがどれほどのものかわかっているのか?」
 塔子さんは怒鳴った。その気持ちは痛いほど分かる。
「……そこらへんにしておくんだにゃ、塔子」
「父上……」
「ここで負けたら一生そのことが記憶に残ってしまう。そんなトラウマ、作りたくないんだにゃ。由宇っ! さっさと二百万で入札するにゃ!」
 由宇君は二百万で入札。現在価格は百九十万円だ。
「これで……よかったんだにゃ」
「でも、まだ続くかもしれない。この悪夢が……」
「にゃっはっは。さすがにそれはないにゃ。これに二百万円以上かけるなんて、もしそんな奴がいたらド変態級のド変態……」
 ――しかし、悪夢は続いたんだ。こんなこと信じられるか?
「「二百五万っ??」」
 ……もう無理だ。やめよう。時間ももう十分しかない。そんなとき、貴殿野郎がこんなことを言った。
「サイコーさん、これ。ちょっと聞いてもらえるかでござる?」
 なに言ってんだよ、貴殿野郎。こんな忙しいときに。
「どうしたんですか?」
「今夜はタイムセールをしていないのですが、ここ一時間ですっげー売れてるんでごわすよ」
「……どれぐらい?」
「シークレットセールの五倍ぐらいになり申す」
 バカな? シークレットセールは駿河屋で一番売れるセールだ。なのに、大したセールもしていない今日、この時間、五倍なんて数字は明らかにおかしい。
「間違いじゃないんですか、それ」
「いーえ、売れていますです。しかもお客の平均単価が高い。皆、五千円以上使っているんす」
 マジかよ。俺でも現役の頃、五千円なんて金額、たまにしか使ってねーぞ。
 しかし、二百万円のあとで五千円が高いのどーだって、変な話だな。
「――サイコーさん、こっちも見て! お願いします! お願いします!」
 次はお辞儀君だ。……んー、どうした?
「サイコーさんのブログ、コメントが多数書かれています。しかも内容が……」
「内容が?」

『サイコーさん、クロガネのサントラの落札、最後まで諦めないで下さい。わたしたちも微力ながら駿河屋で買い物をします。勝って下さい!』

 そういうコメントがいくつも送られていた。……全国のスルガイヤーめ、味なことをする。お前らこそ……最高だぜ。
「スルガニャン、どうする? お客さんが俺たちの背中を押してくれる。もう少し行くか?」
「むむむ……っ!」
 こんな辛い選択をさせるなんて本当に申し訳ない。でも、皆が応援してくれている。俺たちの勝ちを待っているんだ!
「スルガニャン、もう時間がない! どうするの?」
「わかったにゃ。二百五十万円まで行くにゃ! 由宇っ!」
「わかった。父さん!」
 カタカタ……。
『あなたが現時点で最高入札者です』
 これで、どうだっ!!
「由宇君、詳細時間を表示して!」
「あ、あと七分四十五秒……ッ!」
 十分を切ると、入札があるにつれ、残り時間は十分になる。
「伸びてくるな……二百十五万。二百二十万!」
 二百五十万でも足りないっていうのか。なんかそんな流れだぞ。相手は一体誰なんだ? ただのオタクじゃねぇ。ただのオタクにこんな金なんて持ってねぇ。
「サイコー君、二百四十万円まで上がったにゃ!」
「まだだ! ……まだいける、スルガニャン!」
 しかし、価格はさらに上がっていく。二百四十五万。二百五十万。……げ、限界?
「――二百六十万?」
 くっ、これまでか?
「スルガニャン、サイコーさん、売り上げがすごいぎんすっ!!」
 貴殿野郎の声。どうした?
「店にある商品の半分が売れましたで候う!」
 まさか……ウソだろ?
「そんなことあるわけ――」
「ブログのコメントもすごいです。このコメントの数……全部見れないっ!」
 駿河屋のお客もブログの訪問者も、皆が味方してくれている。
「買うにゃっ! 意地でもクロガネの翼を買うんだにゃっ!! 例え、駿河屋が潰れても、クロガネの翼のサントラだけは買うんだにゃっ!!」
 スルガ……ニャン?
「えぇいっ、こうするんだにゃっ!」
 スルガニャンがキーボードとマウスを操る。
 新たに入札額を入れた。……俺は何度もそれが見間違いだと思った。だが、間違いなんかではない。その金額――一千万円。
「どうだにゃっ! さすがにこの金額は崩せないはずにゃ!」
 二百八十……二百八十五。二百九十五。三百。……三百十五、三百二十、三百四十……三百五十。
 三百五十五、三百五十七、三百五十八……三百六十。
「下げ止まった……」

『おめでとうございます! あなたがこの商品を落札いたしました!』

 買えたっ! クロガネの翼のサントラCDがついにっ! 買えたぁっ!!
「スルガニャン!! おめでとう!!」
「「おめでとう、スルガニャン。スルガニャン、おめでとう」」
 スルガニャンは勝った。なんて勇気ある猫なんだ。ここにいる俺たちはこのことを一生忘れない。……いや、俺たちを応援してくれた皆がこの奇跡を忘れないだろう。
「て、照れるにゃ。皆、そんなに褒めるなにゃ。うにゃー」
 俺は気づくとスルガニャンを抱きしめていた。
「うにゃっ? サイコー君……?」
「スルガニャン……奇跡を、ありがとう」

 こうして俺たちのクロガネの翼の闘いは終わった。
 発送方法はもちろんゆうパックを選択。そして俺とスルガニャンは富山に行き、直接クロガネのサントラをクロガネ君に渡した。
 彼の喜びは尋常ではなかった。
 その場で立っていることもできず、泣き崩れた。
 わんわんわんわん、子どものように彼は泣いた。その姿を見て、俺とスルガニャンも泣いた。
 俺たちのしたことは無駄ではなかった。彼はそれだけのことをしてくれたんだ。
 帰りはもちろんスルガニャル子さんのところに顔を出した。
 今回の件を伝えると、「なに、サントラのCDで三百六十万も使ってるにゃる!!」なんて、猫パンチ、猫キック、猫頭突き……あらゆる攻撃を受け、スルガニャンは倒れてしまった。
 仲のいい夫婦喧嘩……かな?

2014年07月28日

俺とスルガニャンとクロガネの翼(6) *この物語はフィクションです

  5 スルガニャル子が見つかる

 それから何週間が過ぎた頃だ。スルガニャンも落ち着く。通常通り駿河屋は運営していた。夕方の五時、駿河屋に電話がかかってくる。
 またクレームの電話かな、俺はそう思った。
 駿河屋のクレームの電話は商品の状態が悪い。発送が遅い、といった内容がほとんどだった。
 少しの傷でも気にする神経質な人間もいるし、一週間も到着を待てない気の短い人間もいる。その大半が駿河屋の新参者だった。
 もっと広い視界で見ろよ。駿河屋にはいいところがいっぱいだぞ。
 ふぅ、と溜息をついて俺は電話の受話器を取った。
「――お電話ありがとうございます。駿河屋の涼野が承ります。どのようなご用件でしょうか?」
「あの……スルガニャンによく似た猫がいて……その……スルガニャル子さんなんじゃないかなって」
 え……? キタ? スルガニャル子の情報、キタ?
「ちょっ、ちょっと待って下さい。電話、切らないで……あ、あの。本当ですか? どこで見かけましたか?」
「いえ、あの……俺んちの近くなんですけど。お婆さんが一人で住んでいて、でっかい家で……いつもサングラスをかけた猫を膝に抱いていますよ」
「その猫のお尻に傷は?」
「えぇ、あります……左? だったかな?」
 確実だ。スルガニャル子! ついに見つけた!
「詳しく住所を教えてもらえませんか? お願いします! 謝礼も支払います。ですからお願いです!」
「はぁ……でも、俺はお金なんかいいです。……お金があっても本当に欲しいものは買えませんから」
「え……それはどういう?」
「なんでもないです。俺はずっと夢を追いかけているんです。ずっと求めても手に入らないアレを……。存在するのかしていないのか、まったくわからない……」
 なにかよくわからなかったけど、お金で買えない物か……。なにか思い出の品なんだろう、そう思った。
 そして俺は男の住所を聞き出す。そこは富山県だった。
 静岡から富山かぁ……高速を使っても五時間ぐらいかかるな。電車で行ってもそれぐらい時間がかかる。
 出発は翌朝だな。スルガニャンにこのことを報告しなくては。
 ――俺はこの件をスルガニャンに伝えた。彼は目からは涙が溢れた。
「あ……生きてっ、生きていたのか……」
「そうだよ、スルガニャン。でも、もしかしたら違うかもしれない。たまたまサングラスをかけて、左のお尻に傷があるなんて猫……いないよね。普通だったらいない。だからたぶんスルガニャル子だ。俺、明日行ってくるよ」
「おいらも行くにゃ!」
「スルガニャンも? ……待ってよ。電車に乗る気? 脳は人間でも、体は猫なんだよ? 電車に乗れるかなぁ?」
「だったらタクシーで行くにゃ。お金はいくらかかっても大丈夫にゃ!」
 今の駿河屋はスルガニャンぬいぐるみの売上でかなり余裕があった。静岡から富山までの往復料金なんか全然気にならないぐらいまで。
「わかった。じゃあ二人で行こう!」
 ちゃっかりスルガニャンと二人旅行する約束をしてしまった。泊まりなら、スルガニャンと一緒にお風呂、スルガニャンと一緒に同じ布団の中……ぐっふっふ。

 ――翌日。
「じゃあ、行ってくるよ」
 塔子さんと由宇君が駿河屋のエントランスまで見送ってくれる。
「父上、タクシーが来るまであとどれくらいかかるのだ?」
「もう五分で着くと思うにゃ。おいらたちがいない間、駿河屋を頼んだにゃ。まー、そんなに長くはならないと思うにゃ。……悪いにゃ、本当はお前たちだって一緒に迎えに行ってやりたいだろうに」
「母上は父上が連れて来てくれるのだろう? だったらここでどんと構えて待っている。……それと、サイコー君」
 俺? ……なんだろう?
「貴公のおかげで母上を見つけ出すことができた。心から礼を言う」
「待って、まだスルガニャル子さんが見つかったって決まったわけじゃないから。……でも、まあたぶん本人だとは思うんだけどね。これは会ってみないことにはわからないからさ。もし本人だとしたらすぐに連絡するから」
「わかった。期待して待っているぞ」
 ……ブルルルルッ。
「――おい、サイコー君。タクシーが来たにゃ。行くにゃ」
「じゃあ二人とも。駿河屋を頼んだよ」
 俺とスルガニャンがタクシーに乗った。ここから高速に乗って四時間だ。
 スルガニャンはずっと窓のほうを向いていた。いろいろ思い出しているのだろう。
 スルガニャンを膝に置きたい気持ちをグッと堪えて、俺は体力温存のため、寝ることにした。スルガニャン、お休み……。

 ……どれぐらい寝ていただろうか。確か一度パーキングエリアで止まったような気がする。
 そこでスルガニャンにサザエの壺焼きをあげて、俺は鯛めしを食べたんだ。おいしかった。
 で、また睡魔が襲ってきて……。
「――お客さん、着きましたよ。富山に」
「え、もう?」
 見渡すと、田んぼがけっこうあるな。のどかで落ち着いたところだ。実はこの富山県には親戚がいて、初めて来る土地ではなかった。昔の記憶が蘇り、懐かしい気持ちになった。
 俺は運転手さんにメモを見せた。そこにスルガニャル子さんが住んでいるとされる住所が書かれている。
「ここまでお願いします」
「ここね……ちょっと待って下さいよ。今、ナビで設定するから」
 再び車が動き出した。住所のとこまであと十五分だと表示される。もうすぐそばまで来ていたんだ。
「スルガニャン。スルガニャン……そろそろ起きて。奥方に会えるよ」
 寝ぼけ顔で感動の対面をするにはあまりにも不憫だ。さっさとスルガニャンを起こしてしまおう。
「……ん。もう着いたのかにゃ?」
「富山県に入ったよ。あと十五分で奥方のところさ。そろそろ起きておいてくれよ。はい、お水飲んで」
 グビグビとペットボトルに入った水を器用に飲むスルガニャン。動いている喉を撫でたかったが、今それをしたら怒られそうな気がしたのでやめた。
「ふぅーっ! おいしいにゃ! 目が覚めたにゃ」
「よかったー……あ、運転手さん。この猫、ロボットだから。ハハ、だからユーチューブなんかにアップしないで下さいね」
「へ、へいっ!」
 俺はスルガニャンを見慣れているけど、この人が駿河屋を知っている可能性は低い。運転手さんは五十代ぐらいの男性だった。
 車は民家が並ぶ地区に入っていった。人っけが少ないな。大型スーパーがいくつかあった。お店は少なかったけど、こういう大型の店は多い。コンビニも数件あった。
「――到着しましたよ」
 目的地に着いた。……いよいよだな。
「運転手さん。静岡まで往復頼んでいいですか?」
「えぇ、もちろん……」
「じゃあ電話番号教えてもらえますか? あとで電話します、遅くても六時間後には。それまで休んでいて下さい」
「じゃあ、ちょっと仮眠を取らせてもらいますね」
 運転手さんはどこかに走り去っていった。大型スーパーの駐車場なんかで休むのだろう。四時間、本当にお疲れ様だった。
「スルガニャン、ピンポン押すよ」
「ちょ、ちょっと待つにゃ。まだ心の準備ができてないにゃ。……もし。もしだにゃ? あいつがおいらのことを嫌っていて、それで今まで連絡をしなかったとするとどうするんだにゃ? おいら、迷惑なんじゃあ……」
 俺は微笑んでスルガニャンに言った。
「なにか嫌われるようなことでもしたのかい?」
「元はといえば、おいらの運転のせいで交通事故を引き起こしてしまったんだにゃ。そのことを恨んでいても不思議ではないにゃ」
「でも猫の姿になっても家族に会うため、日本に行くと言ったんだろう? そのときはどうだったのさ?」
「うん……別に怒ってなかったにゃ。『猫の姿もいいにゃる』って言ってたにゃ」
「にゃるって言うの? スルガニャンル子さん。……へぇー、なんかすごいな」
「な、なにをっ。サイコー君はウチの嫁をバカにしているのかにゃ?」
「するわけないじゃないか。さあ、行こう。奥方はきっと君が迎えに来るのを待っていたんだよ」
「うにゃー……」
 ――ピンポーン。
 しばらくしてお年寄りの女性がやってくる。家は趣きのある造りで、二階建てだった。
「はい……」
 足腰が弱い。今にでも手を差し伸べたくなるぐらい。
「あの、こんにちは。突然、すみません。実は俺たち、ある猫を探していて……」
「猫? ……あらあらそれは。で、どんな猫を探しているんですか?」
 お婆さんがスルガニャンに視線を移す。そして……。
「あら、ヨシコ。出てきたのかい?」
 ヨシコ? 誰のことを言っているんだろう。
 軽やかな足取りで、家の中から出てきたのは一匹の白い猫。……スルガニャンと瓜二つだ。
「ニャー……」
「スルガニャン? ……いや、スルガニャル子さん?」
「にゃるっ? えっ?」
 今、「えっ?」って言った。スルガニャル子さん、えって言った。
「もしや……」
 そこまで言って、スルガニャル子さんは黙ってしまった。また、「ニャーン」なんて鳴いている。
 サングラス、お尻の傷跡も確認できた。間違いない。彼女はスルガニャル子!
「あらあら、そちらの猫ちゃん。ウチの飼っている猫とそっくり」
「あ、はは。もしかして双子なのかもしれませんね。この子がヨシコちゃんですか?」
「えぇ、そうなの。この子はね、十年前、わたしと夫が東京に旅行に行った帰り、道で倒れていたのよ」
 そうなのか。それをお婆さんが拾って今まで面倒を見ていたってことだな。それでもスルガニャンに一度も連絡しなかった理由がわからない。この問題、深いぞ。
「……お、お前……お前ぇっ!」
 スルガニャンがスルガニャル子さんに飛びつこうとした。――だが、それをスルガニャルさんは華麗な猫パンチでスルガニャンを叩き落とす。
「フギィーッ!!」
「あ、あらあら。よその猫ちゃんにおいたしたらダメよ。ヨシコや」
「ニャーン……」
 俺にはスルガニャンとのやり取りがこういうふうに聞こえた。
『あとで事情を説明してあげるから、ちょっと待ってなさい』って。
「この猫のことなら気にしないで下さい。……なんだろ? いきなり発情しちゃったのかな?」
 スルガニャンは俺のことをジッと睨む。でもかわいいから全然怖くない。
「お婆さん、ここら辺で猫と遊べそうなところってないですか? どうも車で長時間いたせいか、運動不足で不機嫌なのかもしれません、こいつ」
「そうねぇ……あ、ちょうどいいところがあるわ。この先を少し進むと堤防があるの。そこに流れる川は緩やかで、眺めるだけでも心が和むわぁ。そこで遊んでいらっしゃったらどうですか?」
「そうですか。……いいですね。ではまた数時間後に来るかもしれません。どうもウチの猫があなたのところの……ヨシコさんを随分気に入ったようで」
「ふふふ、そうね。白い猫で同じサングラスをかけているんですもの。これはきっとなにかの運命だわ」
「じゃあ堤防のとこに行ってきます。堤防に!」
 と、俺はわざとらしく何度もアピールした。スルガニャル子さんの顔を見て。

「……はぁ〜っ、いきなり猫パンチされたにゃ」
 がっくり肩を落としているスルガニャン。俺たちは手頃な石の上に並んで座っていた。スルガニャンは人間っぽい座り方をしている。
「スルガニャル子さん……しゃべっていたよね。猫語じゃなくて」
「うん。話せるけど、なにか隠しているようだったにゃ。嫁とあのお婆さんの間になにがったんだにゃ」
 東京駅でスルガニャル子さんが倒れていたって言ってたよな。そのまま引き取られ、富山の家で飼うことにした。スルガニャル子さんはそのまま住み着いた……なんで?
「――手術の後遺症で言葉がしゃべれなくなったにゃる。一時的ににゃる」
 女性の声が後ろから聞こえてきた。
「スルガニャル子さん……」
「なに、そのスルガニャル子さんって……もしかしてわたしのことにゃる?」
「あー、やっぱりにゃるって言った」
「大体誰なのにゃる、あなた? ウチの人とどういう関係にゃる?」
 感動の対面にはならなかったな。えーっと、どう説明しよう。
「……彼はサイコー君だにゃ。嫁よ」
「あんた、今までどこをほっつき歩いていたにゃる? なんですぐにわたしのことを探さなかったにゃる? もう遅いにゃる!」
「待つにゃ! それは誤解だにゃ! おいらはちゃんと探したにゃ。お前のことをずっと探していたんだにゃ! ……お前こそなんにゃ? なんで連絡の一本も入れなかったにゃ?」
「だから手術の後遺症でしばらく言葉がしゃべれなくなったって言ってるにゃる!」
 すっげー、にゃあにゃあうるさい。でもなんか勢いは奥方にあるようだ。
「あんた!!」
「は、はいっっ!」
「今、なにやってるにゃる? 塔子は? 由宇はどうしてるにゃる?」
「今は駿河屋という会社を経営しているにゃ。二人の子どももそこで働いてるにゃ」
「駿河屋? それは和菓子のあれかにゃる?」
「違うにゃ。ゲームとか本とかのリサイクルショップだにゃ。けっこう人気だにゃ」
「ゲームぅ……そんなのでお金なんて取れるのかにゃる? きっと赤字なんだにゃる!」
「赤字とは……! 駿河屋はあえて儲けをギリギリに設定しているにゃ。駿河屋はお客さんの味方なんだにゃ!」
 そこは俺も激しく同意する。奥方でも駿河屋を軽く見ることは許されない。
「奥方、駿河屋は本当に素晴らしいお店です。多くの人が駿河屋に魅了されています。この世の最大の楽しみは駿河屋……そう言う人も少なくありません」
「お前はなんにゃる? サイコー君とはなにかにゃる?」
「俺は駿河屋が最高! というブログを書いています。そして、駿河屋に入社しました。社員ですよ、奥方」
「そうかにゃる。人を雇うぐらいは儲かっているにゃるか……」
「スルガニャンぬいぐるみのおかげですよ。生産すればするほど売れる。皆に喜ばれて、それがお金になるんです。こんなに素晴らしい仕事は他にはないでしょう? ……その、一つお聞きしたいことがあります」
「なんにゃる? 言ってみるにゃる」
「今、奥方はこうして人間の言葉を話すことができる。喉が治ったんですよね? いつですか? なぜそのとき、駿河屋に電話しなかったのですか? あなたの旦那さんが駿河屋で働いていることは知っていたでしょう?」
「そっか……。確か日本に来る前にそう言っていたにゃる。忘れてしまったにゃる」
 奥方はスルガニャンに近づいて、ポンと背中を叩いた。
「悪かったにゃる。心配かけたにゃるなー。喉の調子が治ったのは今から五年前にゃる。でも、お爺さんとお婆さんはこんなサングラスをかけたわたしを、嫌な顔一つせずにエサをくれ、寝床も用意してくれたにゃる。二人の幸せそうな顔を見て、いきなり言葉を話すにゃるか? 不気味がられるのがオチにゃる。だから待とう。あんたが来るまで……そう思ったにゃる。それから一年もたたないうちに、お爺さんは死んでしまったにゃる。子どもや孫は都会に住んでいて、お婆さんのところへ寄りつこうとしないにゃる。お婆さんはわたしを抱いて、優しく撫でてくれるんだにゃる。そんなお婆さんをほうって、静岡に行けと? どうやって?」
 奥方には奥方の事情があったんだ。それをスルガニャンは責められるはずがない。
「……ま、待たせて悪かったにゃ、お前……。静岡には塔子と由宇がお前を待っているにゃ。戻って来ないかにゃ?」
「戻って来れるわけないにゃる。あんたが思っているより、お婆さんにはたくさん面倒をみてもらったにゃる」
「にゃー……」
「せめて、お婆さんが息を引き取るまで。それまで待っているにゃる」
「お前……でも、いつになるかわからないにゃ? 子どもたちはお前の帰りを待ってるにゃ」
「だったら向こうから来なさいにゃる。それともわたしに会いに、わざわざ遠くまで行きたくないって言ってるにゃるか?」
「そ、そんなことはないにゃ。……わかったにゃ。お前の気の済むまでいたらいいにゃ。でも、いつかは絶対戻ってきてにゃ。お願いにゃ!」
「あんた……」
 おっと、いけない。猫同士とはいえ、キスシーンに突入しそうだ。俺はお邪魔君になってしまう。ここは二人にしておいてあげよう。
 俺は川が流れるところまで歩いた。屈んで水をすくう。……冷たくて気持ちいい。
 こういうとこ、やっぱ落ち着くな。大阪でこんなに手軽に自然と触れられる場所ってないもんな。もしかしてスルガニャル子さん、この土地が気に入って静岡に行きたくないのかな。静岡だってたくさんきれいなとこがあるんだぞ。
 水が流れる音がきれいだった。後ろからスルガニャンたちの声は聞こえない。二人は会話ではなく、空気で、肌で、表情で話した。そして愛した。
 まるで十年の隙間を急いで埋めるかのように……。

「――サイコー君」
 風景を漫喫していたところ、後ろからスルガニャンが声をかけてくる。
「スルガニャン。話はついたのか?」
「うん。嫁はしばらく静岡には帰って来ないにゃ。でも、いつか必ず帰ってくると約束してくれたにゃ」
「そっか。よかったね、スルガニャン」
「うにゃー」
 二人は仲良く隣り合っていた。……スルガニャル子さんが羨ましいな。俺もスルガニャンの隣に座っていたい。ずっと……。
「サイコー君、ウチの旦那はよろしく頼みますにゃる」
 スルガニャル子さんがそう言って頭を下げた。
「いえ、そんな……スルガニャンは俺の社長ですから。その、守るのは当たり前ですよ。名前も守だし。はは、はははー!」
「ふふ、サイコー君は愉快な奴だにゃ。そういうわけでこっちのことは心配するなにゃ」
「あんた……」
 無事に会え、また再会する日のことを約束した。
 これで俺とスルガニャンは静岡に帰ろうとした。でも、スルガニャル子さんを情報を提供してくれた人がこの近くにいる。せっかくだから会ってから帰ろう。
「――タクシーの運転手さん、ここの住所わかりますか?」
 俺は情報提供者の住所が書かれたメモを運転手に渡した。
「ここか。あぁ、わかるよ。すぐ近くだ。百メートルも離れていない」
 というわけで寄ってみることにしよう。
 ピンポーン……。
「――はい」
 家は一軒家で、まだ建ててから日も浅そうだ。中からは二十代後半ぐらいの男性がやってきた。
「あの……駿河屋の関係者です。以前、スルガニャンに似た猫を探しているとサイトに書いたところ、情報を提供してくれたこと……覚えていますか?」
「あぁ、あの! ……本当に駿河屋の人? わざわざそれを言いに来てくれたの?」
「いや、猫に会ったついでというか……近くまで来たものだからお礼を。ね、スルガニャン?」
「にゃーん」
 おっと、スルガニャンは猫モードだ。そっか、一般人には秘密にしているのか。
「ははっ、本当だ。あのスルガニャンにそっくり!」
「でしょ? お婆さんの家の猫もスルガニャンにそっくりでした。もしかしたら双子だったりして。謝礼を……三万円ですが、お受け取り下さい」
 そう言って謝礼を手渡そうとしたが、彼は受け取らなかった。
「いえ、お金はけっこうです。ボクの欲しいものはお金では買えませんから……」
 そう言えば以前にもこういうことを言っていたな。彼の欲しがっているのはどういうものなんだ?
「失礼ですが、なにを探しているのですか? お金で買えないもの、それは百万……一千万かけても買えないものなんですか?」
 彼は頭を抱えながら言った。
「クロガネの翼です。駿河屋さんには数年前から入荷通知リストに入れているのですが、未だ入荷されず……」
 まさかここでその名前を聞くことになろうとは夢にも思わない。
「クロガネの翼……にゃん?」
 スルガニャンにはピンと来ないようだ。でも俺はわかる。クロガネの翼……それは駿河屋に大きく関わる。
「クロガネの翼、ということはまさか?」
「サイコー君、どうしたんだにゃ? 顔色が悪いにゃ」
「スルガニャン。一度は聞いたことがあるだろう。クロガネの翼だ……サントラCDだよ!」
「サントラ? CD? ……あっ!」
 っていうか、秘密だったことも忘れ、スルガニャンは普通に言葉を口にしていた。
「クロガネの翼。もしかしてクロガネ君?」
「その名前をご存知なんですか……猫さん」
「彼はただの猫ではないんです。スルガニャン……のモデルになった猫とでも言っておきましょうか。いや、しかし……まさかあなたが。本当にクロガネ君ですか?」
 彼はゆっくりと頷いた。たぶん本物だ。本物でなければこんなこと言わない。
「俺はサイコー君です。駿河屋が最高の……」
「あぁっ! サイコー君ですか? ……いつもクロガネの宣伝をしてくれてありがとうございます!」
「いえ、でもまだ見つかっていないんですよね? その様子じゃあ」
「ボクは毎日、駿河屋のサイトを見てますよ。でも全然入荷されない。ボクは後悔している。なんであのときソフマップで予約しなかったのかを」
「ソフマップ……?」
 スルガニャンはクロガネの翼についてあまり知らないようだった。
「スルガニャン、クロガネの翼とはPCゲームだよね。予約する店によって予約特典があったんだよ」
「……メッセサンオー、グッドウィル、げっちゅ屋、コムロード、ゲーマーズ。それぞれ絵柄の違うテレカがもらえるんです。しかし、ソフマップだけはテレカとサントラのCDがつく」
「あの、なぜソフマップで買わなかったんですか?」
「近くに店舗がなかったんですよ。それにまさかこんなにはまるなんて思っていませんでしたから」
「一度もヤフオクなんかで出品されたことがないと?」
「はい……」
「流通量がほとんどないんですね。駿河屋の買取は千円でしたよね。じゃあもっと五千円とかに引き上げましょうか。それで買取に出してくれたものを優先的にクロガネ君に渡すということで」
「五千円……それで本当に誰かが売ってくれるのでしょうか?」
「それはどうゆう意味にゃ?」
 スルガニャンにしてみたらサントラ一枚が五千円という時点で信じられないだろう。
 でもこのサントラCD。一筋縄ではいかない。
「クロガネ君は宣伝しすぎてしまった。あれだけサントラCDの宣伝をしてしまっては、例えそれを持っていたとしてもヤフオク等でふっかけたくなる。一万円から出品するかもしれない。それ以上かもしれない。今、クロガネの翼のサントラCDは適正価格がわからないんだ」
「そうです……ずっと前から訴えても誰も買取に出してくれない! だったら初めから言わないほうがよかったかもしれない!」
「……クロガネ君。あなたにお渡ししようとしていた三万円。それで買取を募集してみようと思います。だから諦めないで。きっと見つかりますよ」
「サイコー君……そう言ってくれるのはありがたい。……頼みます。頼みましたよ? 早くサントラが欲しい。これ以上、市場からなくならないように、ボクが……うぅっ!」
 クロガネ君は泣いてしまった。俺もできるだけ彼の力になってやりたい。だって彼はスルガニャル子さんを見つけ出してくれたんだ。この恩に報いたい。

「クロガネ君、サントラCDを手に入れたら必ずここの住所に送ります」
「ありがとうございます。期待しています」
 俺たちはクロガネ君と約束をして、富山を去った。
 でも、クロガネのサントラを入手するのは極めて困難だ。もしかしたら世界中どこを探しても見つからないかもしれない。そんな雲をつかむような話だ。
「スルガニャン。見つかるかな、サントラ……」
 スルガニャンから返事はない。彼は眠っていた。
「いろいろなことがあったもんね」
 俺も寝よう。駿河屋についたらやることはたくさんある。まずは塔子さんと由宇君にスルガニャル子さんの報告を。
 その次にクロガネのサントラの買取価格を上げる。見つかるといいな。
 皆、皆、幸せになったらいのにな……。
 俺はスルガニャンを自分の膝の上に乗せた。スルガニャンは抵抗しない。俺に気を許しているんだ。いい顔している。なんだか嬉しいな。
「スー……スー……」
 帰りの四時間、俺たちは次の闘いに備え、ぐっすり眠ることにした。

俺とスルガニャンとクロガネの翼(5) *この物語はフィクションです

  4 新商品の開発

 ――数日後、俺は駿河屋の幹部となって、普通にスルガニャンたちと駿河屋の今後の経営方針について話していた。
「――で、サイコー君はどう思ってるにゃ? 今後どうすればいいのか……」
「あぁ、聞いてくれ。スルガニャン、皆」
 俺は昨日描いたスルガニャンのイラストを皆に見せた。
「……これは?」
「もちろん、スルガニャンだ」
「お前、会社の経営なめてるのかにゃ?」
「なめたことなんてありません。これからはスルガニャンの時代です」
 ボーっとしているかのように見える三人(一人は猫)は、俺の言った意味を理解していなかった。
「いいですか。駿河屋の目的と言えば、会社としての存続。つまり一定の利益を上げることですよね?」
「そ、そうにゃ……」
「そしてもう一つ大きな目的がある。それはスルガニャンの奥方を探すこと。そうですよね?」
「そうにゃ。できれば両方並行してやっていきたいにゃ。でもそれは難しく、まずは駿河屋の会社をもっといろんな人によく知ってもらう。それが一番の近道だと考えているにゃ」
「そのために客に喜ばれる福袋やタイムセールといった企画を考えてきた……そうですね?」
「そうにゃ。……お前、なにが言いたいんだにゃ? もったいぶらずにさっさと言うにゃ!」
「今まで通り、高く買い取って安く売るのでは儲けは期待できないでしょう。もっとも、この方法を今までしてきたから駿河屋信者は多いです。俺のような……。だが、駿河屋の目的がはっきりした今! ここで経営方針を大きく変えるべきです!」
「その方法とは……?」
「ズバリ、スルガニャンのぬいるぐるみ化」
「待つにゃ。そんなことでうまいこといくはずないにゃ。大体、おいらなんて猫にサングラスをかけただけにゃ。例え、ぬいぐるみを販売したとしても売れるとは到底思わんにゃ」
「いえ、売れます。それは確実です。スルガニャンは2ちゃんを見たことがありますか?」
「あるっていうか、普通に毎日見てるにゃ。それがどうしたかにゃ?」
「じゃあわかっているはずだ。皆が口を揃え、スルガニャンのぬいぐるみ化を熱望している。中にはただの猫のぬいぐるみにサングラスをかけてスルガニャンごっこをしている大人もいるのです」
「そんな奴いないにゃ……」
「います。俺です」
「お前かにゃ……」
「というわけで作りましょう、スルガニャンのぬいぐるみ!」
「待つにゃ。どうも個人的な意見のように聞こえるにゃ。だったらサイトでアンケートを取ってみたらいいにゃ。答えた人には抽選でクーポンをプレゼントする。そしたらお客も本音で話してくれるにゃ」
「スルガニャン……まだ俺のことを信じてくれないんだね。悲しいよ……。でも、スルガニャンの言うこともわかる。ぬいぐるみを作るとしたら十や百じゃない。一万個は作るつもりだよ。確かにそれだけ大きな投資になれば慎重になるのもわかる。じゃあ、アンケートをしよう。そのほうがスルガニャンは安心できるんでしょ?」
「うん……まあ」
「駿河屋は過去に抽選で割引券をもらえるキャンペーンをしたことがある。でも、当たる確率があまりにも低いよ。なに、千円券で七名って。七千円しか提供しないの? って感じだった」
「うん、まあラッキーセブンということで……」
「スルガニャン、俺は駿河屋がどんなにいいお店だってことは知っている。買取価格も販売価格もギリギリに設定していることも知っているんだ。でもね、これからスルガニャンぬいぐるみを発売するんだ。それをたった七名にしか金券をプレゼントしないって、やっぱり少ないよ。ここは五千名に千円券をプレゼントする。それでどうかな?」
「それなら五百万円もの金券を市場にバラ撒くってことなのかにゃ? そんなの大変にゃ。とても回収できないにゃ」
「違う。ここからがミソなんだよ。その金券はスルガニャンぬいぐるみにしか使えない。こういう括りを設定すればいい。……サイトの更新プログラムは誰がしているの?」
「――俺だよ」
 そう言ったのは由宇さんだった。
「由宇さん、俺の言ったことはできる?」
「任せといて。こう見えて、コンピュータの専門学校を卒業したし、大手のコンピュータ会社にもインターンシップで半年ほど実務の経験をしたことがある。それぐらいのことならお手のものさ」
「よし。……じゃあ善は急げです。スルガニャン、ここで決断を!」
「いや、急ぎすぎにゃ。まだ全然話は煮詰まってないにゃ。ぬいぐるみは誰が作るんだにゃ? おいらたちか? 作り方は? 材料費は? ……ぬいぐるみはいくらで売るんだにゃ?」
「ぬいぐるみは委託で作ってもらいます。――これを見て下さい」
 昨夜プリントアウトした、ぬいぐるみを作ってくれるサイトのページだ。
「こ、これは……?」
 ここのサイトはぬいぐるみだけじゃない。
 鉛筆や手ぬぐい、靴下だって作れるんだ。初めはスルガニャンのぬいぐるみを作り、それ以降もどんどんスルガニャングッズを増やす。
 別に俺たちにそういうスキルがなくてもいい。今はこういうオリジナルグッズはお金を払えば作ってくれる会社があるんだ。
「こんなことしてくれる会社があったとは……。でも、費用はいくらかかるんだにゃ? もしかしてめちゃめちゃ高かったりするのかにゃ?」
「そんなことはないよ。最初はイラストや着ぐるみの写真を送るんだって。そしたら委託会社からデザインの仕様書が送られてくるんだ。サンプルが気に食わなかったら修正もしてくれる。三回まで修正は無料らしい」
「ほう、けっこう細かいんだにゃ。しかし、三回まで修正が無料とはありがたいにゃ」
「だろ? サンプルが決まったら量産。そして出荷、納品なんだって」
 オリジナルぬいぐるみではイメージを崩さず、経験豊富なスタッフが、デザインから最適な生地(高品質で柔らかい生地を使用など)、仕様を提案してくれるようだ。
「サイズには決まりがあるのかにゃ?」
「サイズ 二十センチメートル〜四十センチメートル。それ以上大きいものは特別料金がかかるらしい。素材はデザインによって決まるみたいだ。もちろんスルガニャンのサングラスは本物仕様のほうがいい。例え、費用が高くなってもね。……でも、高級スルガニャンぬいぐるみは主に富裕層、もしくはスルガニャンの絶大なマニアに売ろう。一般向けには安い素材を使ったらいい。いろんなスルガニャンぬいぐるみを作るんだ」
「……よく思いつくにゃ。そんなこと」
「数量は五十個、百個、三百個……最大は十万個まで注文を引き受けてくれる。ま、さすがにこれは多すぎるかな。初めは千個ぐらい。最終的には一万以上だ。納期は数によって異なるけど、千個ぐらいなら一か月半から二か月ぐらいでできるみたいだ」
「こういう会社ってオリジナルぬいぐるみばっかり作ってるのかにゃ? ……どんな人が頼むんだにゃー?」
「俺たちのように作ったぬいぐるみを販売しようとしているところもいるし、自社キャラクターをPRするグッズのため、ご当地キャラのぬいぐるみ。イベント、キャンペーンに使うぬいぐるみとか様々みたいだね」

 初回必要全額についてはこのようになる。
 サイズ ぬいぐるみ大(三十センチメートルサイズ) サンプル代一万五千円〜
 サイズ ぬいぐるみ中(二十センチメートルサイズ) サンプル代一万二千円〜
 型代 三万円

 ロット数五十個
 単価目安 二十センチメートルの場合 @二千三百円〜二十センチメートルの場合
 単価目安 三十センチメートルの場合 @四千二百円〜三十センチメートルの場合

 ロット数百個
 単価目安 二十センチメートルの場合 @千八百円〜 二十センチメートルの場合
 単価目安 三十センチメートルの場合 @二千九百円〜 三十センチメートルの場合

 ロット数三百個
 単価目安 二十センチメートルの場合 @八百五十円〜
 単価目安 三十センチメートルの場合 @千五百円〜

 また、ぬいぐるみやストラップに、オリジナルのプリントネーム(布タグ)を付けることや、オリジナルの台紙を付けることが可能。形はハートや丸など好きな形を選ぶことができる。
「――どう、スルガニャン? これだったらなんとかできると思わない?」
「ん、うむ……でもけっこうお金がかかるにゃ。本当にお客さんは買ってくれるかにゃ?」
「絶対に買うよ。……でもその前にアンケートだね。五日もすれば一万前後のアンケート回答が届くはずだ。それまで待っていよう。大丈夫、スルガニャン。きっとうまくいくさ!」
 スルガニャンは最後まで不安そうな顔をしていた。彼は知らないんだ。自分がどれだけスルガイヤーに愛されているかを。

 そして五日がたった。
 俺はこの日、出勤してすぐに二階に上がった。
 一階の受付に塔子さんはいなかった。とすれば二階でスルガニャンと由宇さんと一緒にいる。
「――スルガニャン、お早う。そろそろデータも集まった?」
 スルガニャンと俺はタメ口になっていた。もう家族も同然さ。
「おはようにゃ。すごいにゃ。アンケートの回答が続々と……その内容には驚かされてばかりにゃ」
 俺もアンケートの答えを見てみる。すると、こんなことが書かれてあった。
『スルガニャンぬいぐるみ、最高! こういうのを待っていました。一万円でも買う!』
『むしろ、今までなぜなかったのが不思議です。早くスルガニャンぬいぐるみを販売して下さい。お願いします』
『価格は高くてもいいので、高品質なものをお願いします。まとめて買いたいと思っていますので、複数買うと割引になる設定をしてくれたら助かります』

「これ、もしかしてアンケートの全部がスルガニャンぬいぐるみ希望してる?」
「サイコーさん。『興味ない』って答えたのは全体の一パーセントだけです。『買わない』と答えたのはゼロです」と由宇さんが言った。
「ありがと、由宇君……こりゃいけるね」
「――貴公、本当に父上……いや、スルガニャンのぬいぐるみを作るというのか?」
 そう言ってきたのは塔子さんだった。
「ダメかな……? こんなにお客さんたちが盛り上がっているんだ。こんな回答が連発しているのに、今さら作らないわけにもいかないだろう」
「いや、そう言っているわけではない。わたしもぬいぐるみ作りには賛成だ。しかし、あまりにも大人目線。確かに大人から多く売れるであろう。だが、どうせなら子どもの客層まで広げて売るべきだ」
 と、なると……バリエーションの追加だな。大きさの大小だけなら限界がある。ポーズをいろいろ変えたとしても十パターンぐらいか。
「なにかアイディアがあるみたいだね? 言ってくれ」
 っていうか俺、塔子さんにもタメ口になってるし。
「こう見えてもわたしは女だ。女の子の気持ちはわかっているつもりだ。だったらリボンをつけたり衣装をまとわせるなんてしたらどうだろう?」
「なるほど、それはいい考えかもしれない。……リボンをつける位置は注意したほうがいいな。キティちゃんの偽物とか思われてしまうかもしれない。衣装なら男の子と女の子にウケる両パターンを作ったほうがいい。でも、スルガニャンはオスだろ。女装みたいに見えなくないかな?」
「そこで母上を出したらよかろう」
 なるほど。それは一石二鳥だ。でも、スルガニャンの奥方って名前だとインパクトがない。なにかないかな……。
「スルガ……にゃん子。……ダメだ。ニャル……ニャル? スルガニャル子!」
「スルガニャル子か……いい名前じゃないか」
「スルガニャン、いいよね。奥方がスルガニャル子で」
「う……ま、まあいいにゃ。嫁はおいらと瓜二つにゃ。お尻の傷の位置だけは気をつけてほしいにゃ。右がおいら、左は嫁にゃ」
「あぁ! じゃあまずはノーマルなスルガニャンぬいぐるみを作るぜ。とりあえず千個だ!」
 もしアンケートで『買う』と答えた人たちが全員買ったとしたら、とても千個じゃ少ない。でも初めだ。慎重に動かないと。
 今日は小さいサイズと大きいサイズのスルガニャン千個ずつを作った。
 経費として、小さいほうが五十万円。大きいほうが百万円かかった。

「……さて、値段の設定だね。原価がそれぞれ一体五百円、千円とかかっている。そこで俺の提案なんだけど千五百円、三千円でどうかな?」
「三倍かにゃ? 百五十万の投資で四百五十万! それはいくらなんでもぼったくりにゃ」
「スルガニャン……安いよ。まだこれでも全然安い。駿河屋が客のお財布に優しい経営をしていることは俺も知っている。でも、高くても売れるんだよ。逆に安ければ大切に扱ってもらえない可能性がある。そんなの嫌だろ? ……俺は嫌だ。スルガニャンぬいぐるみだ。皆には大切に扱ってほしいと思っている。宝物だ、と胸を張って言ってもらいたい」
「そんなもんなのかにゃ? たかが猫のぬいぐるみにゃ」
「ただの猫のぬいぐるみじゃない。スルガニャンのぬいぐるみだよ? ラブリー、スルガニャンだ。ラブリースルガニャン。ラブリースルガニャンッ!!」
「やめてほしいにゃ。照れるというか、そういうの飛び越して呆れるにゃ」
「由宇君。スルガニャンのぬいぐるみ販売の件、ネットで告知しておいて。俺もブログで皆に呼びかけておくよ」
「OKェ〜!」
 カタカタカタ……。
 順調に物事は進んでいった。あとは納期を待つだけだな。

 二週間がたった。いよいよスルガニャンぬいぐるみが二千個、駿河屋に届く。
「待ってましたぁ〜! スルガニャンぬいぐるみっ!」
「本当に売れるのかにゃ……」
 スルガニャンはまだ不安な気持ちが残っていた。
「箱、開けていい? スルガニャン」
「いいにゃ。さっさと開けるんだにゃ」
 とは言ってももうサンプルで一度見てるんだけどね。ダンボールを開けたらスルガニャンぬいぐるみがたくさん入っているのかぁ。楽しみ!
 ビィィーッ!
 一気にガムテープをはがした。――すると、ビニール袋に詰められているスルガニャンがたくさん。
「スルガニャンだ……それも四足歩行のスルガニャンだ」
 スルガニャンがぬいぐるみを持って、じろじろと眺める。
「これ、おいらと同じサイズだにゃ」
「そうだよ。スルガニャンを隠し撮りしたとき、こっそり計ったんだ」
「お尻の傷跡までそっくりにゃ!」
「そうだよ。できるだけ本物のスルガニャンに近づけてたくてさ。これならお客さんも大喜びだ」
「こんなもん、売れ残ったら恥にゃ。大量に余ったおいらのぬいぐるみはどうするんだにゃ?」
「余らないよ。確信を持って言える。もし余るなんて起こらないことが起きたときは、俺が借金してでも全部買うよ、スルガニャン。それだけの価値がこのぬいぐるみにはある!」
「サイコー君……」
 俺は君に幸せを届ける。
「由宇君っ! サイトの更新だ。スルガニャンぬいぐるみの販売だっ!!」
「はいっ!」
 カタカタ……!
 売れろっ! 皆が待っていたスルガニャンぬいぐるみだ。

 ――更新してわずか一分。注文数が一になった。
「売れたにゃっ! スルガニャンぬいぐるみ……サイズは大のほうだにゃっ!」
 大のサイズだと三千円。決して高くない。しかし、更新後わずか一分でこれならまずまずのスタートか。
「サイコーさん、また一件注文です! 今度は大きいサイズ二つ!」
「よし、いい調子だな。だがもっともっと売れる!」
 今の時刻は朝の十時。これが昼休みになれば駿河屋のサイトにアクセスする人も増えてくる。
「また一件! 小さいサイズです!」
「よしっ!」
「あ……な、なんだこれ。五件、六件……? あっという間だ。二十件? まだ伸びてくる?」
 これは……?
 俺はもう一つのパソコンで2ちゃんを見た。そしたら誰かが宣伝している。とうとうスルガニャンのぬいぐるみが発売されたって。
「由宇君、サーバーのほうはどうだ? 負荷がかかっていないか?」
「いえ、今のところは大丈夫です。しかし……」
 夜になるとまずいというわけだな。今日はタイムセールをやめるか。少しでもスルガニャンぬいぐるみを買ってもらえるために。
「サイコーさん、これ、すごいですっ!」
「どうした……なっ??」
 売上数がすごい。もう二百に達する勢いだった。まだ売り始めてから三十分もたっていないというのに。
「前日から告知していたのが功を奏したな」
「はいっ、これだと今日中に売り切れですよ!」
 スルガニャンは口を半開きにしてボーっとしていた。
「スルガニャン、これが君の実力だよ。これだけ皆に愛されているんだ」
「たっ、たかがサングラスをかけた猫のぬいぐるみに……三千円も使って。うっ……」
 スルガニャンは泣いてしまった。皆の気持ちが嬉しかったのだろう。
「スルガニャンぬいぐるみが全国各地に渡っていく。これでスルガニャンの奥方もどこかで見るだろう。スルガニャンぬいぐるみを。そしたらきっと連絡をくれるさ。だからがんばろう。俺、委託会社に頼んでもう五百体作ってもらうことにするよ! スルガニャル子の件についても計画を進めてもらうように話しておく!」
「サイコー君、頼んだにゃ!」

 昼休みを過ぎる頃には売上が大小サイズそれぞれ五百体ずつ売れていた。
「こりゃあ夜までもたないな……売れるのはいいが、買えないお客さんに悪いことしてしまった。ヤフオクなんかで高く転売される可能性だってある」
「駿河屋を利用する者は転売ヤーも多いにゃ。こっちとしてそれは別にかまわにゃいんだけど、おいらのぬいぐるみで転売されるとは複雑な気分だにゃ」
 スルガニャンはキャットフードを。俺たち人間はうまい棒を食べていた。
「でも、なんでうまい棒?」
「うまい棒は駿河屋に十万本以上あるぞ。手軽に食べられておいしい」と塔子さん。
「出前取ろうよ。外出する時間がないんだったら……」
 なんかもうソワソワしすぎて、出前を取るだけでも面倒に感じてしまう。……ほら、もう六百個も売れた。あと四百個しかない。
「ねぇ、スルガニャン。これでもうスルガニャングッズは売れるって信じてもらえたかい?」
「うむ……いい感じに売れているにゃ」
「委託会社の人に相談したんだ。ぬいぐるみ以外でもオリジナルグッズを作ろう。ぬいぐるみの次はノート、メモ帳、シール、ストラップ、ハンカチ……キーホルダーに携帯クリーナー。それに――」
「ちょっ、待つにゃ。サイコー君はいつでも行動が早いにゃ。……全部任せるにゃ。スルガニャングッズについてはすべてサイコー君に任せる!」
「ありがとうごさいます! 必ず、駿河屋の売上に貢献できるようにがんばります!」
 スルガニャンからお許しの言葉をもらった。俺はこの日から暴走する。

 スルガニャンのぬいぐるみは確かにかわいいが、大人ならもっと求めるはずだ。
 しかし、本物の猫など売れるわけもない。そうなってしまえばペットショップだ。猫を飼う手間もいるしな。
 客が求めるのは手入れなどしなくてもいい、最高級のスルガニャン。材質は特殊なゴムなんかを使えばいい。もちろんコストはかかる。
 だが、ハイクオリティのスルガニャンフィギュアは需要がある。
 俺は柔らかい素材でスルガニャンフィギュアを作ることを提案。もちろん毛の一本一本までこだわり、肉球の感触も本物にできるだけ似せた。
 そのサンプルが届いて、俺はずっと肉球をぷにぷに押して遊んでいた。
「あぁ〜、ラブリー……スルガニャン」
 スルガニャンぬいぐるみを売り始めて二週間がたった。
 追加発注を頼むが納品されたその日に即売という人気ぶり。まだまだ需要はある。
 スルガニャル子のぬいぐるみも好調に売れている。ポーズや衣装のバリエーションも豊富に扱うようになった。
 そして、そろそろ来るのではないかと俺たちは待った。スルガニャンの奥方。塔子さんや由宇君にとってはお母さんだ。
「……なぜ、連絡が来ないんだにゃ? スルガニャンぬいぐるみがこんなに有名になった今! 連絡があってもいいじゃないのかにゃ? 嫁は、おいらのことを嫌っているのかにゃ? それとも……」
「それ以上口にしてはいけないよ、スルガニャン。大丈夫、きっと生きているはずさ。ただ、連絡ができないだけ」
 でも、なぜ連絡ができないのだろう。考えたくないが、嫌な想像ばかりしてしまう。
「いっそのこと、サイトに呼びかけてみてはどうかな? スルガニャンそっくりの猫、どこかで見ませんでしたかって」
「それはいい考えかもしれないにゃ。……でも、こんなふざけたこと書いてバカにしてるのかって思われないかにゃ?」
「スルガイヤーはそんなことしないよ。皆、探してくれるさ」

 だが、この試みはなかなか結果を出すことはできなかった。
 サイトの横隅に記事を載せて一週間たった今でも、目撃情報は一つも届いていない。
「やっぱり、嫁はもういないんだにゃ……死んだと考えるのが普通だにゃ!」
 この日、スルガニャンは荒れていた。あせる気持ち、俺にはわかる。でも、まだ一週間しかたっていないんだ。できることならまだたくさんある。諦めてほしくはなかった。
「もっとぬいぐるみを売ろう、スルガニャン。俺もブログに訴えかけてみるよ。そうしたら絶対見つかる。海外からもスルガニャンぬいぐるみの販売を希望する人たちは多い。今度は日本だけでなく、世界まで販路を広げるんだ。それなら――」
「世界にこんなぬいぐるみが売れるかにゃっ!」
 ――ボトンッ!
 スルガニャンは自分のぬいぐるみを乱暴に地面に投げつけた。
「スルガニャン……」
「会いたいんだにゃ! 生き別れてもう十年……辛いんだにゃ! 待っているだけっていうのは……辛いんだにゃっ!!」
 俺はスルガニャンの体を抱き寄せた。
「こ、こらっ! サイコー君。なにをするんだにゃ?」
「辛かったね、スルガニャン……スルガニャンの辛い気持ち、俺にも半分分けておくれよ。半分なら、そんなに辛くないだろ?」
「うっ、うぅ……」
 スルガニャンは俺の胸の中で泣いた。思いきり泣いた。……俺のシャツがスルガニャンの涙が染み込む。
 俺はスルガニャンの背中をゆっくり撫でた。
 スルガニャン……俺のかわいい、スルガニャン……。

2014年07月27日

俺とスルガニャンとクロガネの翼(4) *この物語はフィクションです

  2 買取について

 一階に上がった俺はやっぱりどうしてもまだスルガニャンといちゃつきたかったので、スルガニャンの周りをうろうろしていた。
「お前、まだいたのかにゃ? もう帰っていいにゃ。引っ越しの件についてはもう聞いたにゃ。お願いだから帰ってにゃ。お前の質問に答えているだけで一日が終わってしまいそうにゃ」
「そんなぁ、いいじゃない、スルガニャン。俺、早く駿河屋の業務のこと、よく知っておきたいんだ」
 スルガニャンはペット用の水入れの器から、水をぺろぺろして飲んでいた。ラブリーだった。
「一階ではなにをやっているの、スルガニャン?」
「一階は主に買取業務をしているにゃ。毎日、日本各地から何百箱と商品がダンボールで届いてくるにゃ」
「買取かぁー。俺もお世話になったな、駿河屋の買取には」
「お前、買取についてどれぐらい知っているにゃ? っていうか、何度利用したことがあるにゃ?」
「俺は八回ぐらい利用したかな。初めはあんしん買取派だったんだけど、途中からかんたん買取派になって、今ではあんしん買取+かんたん買取派さ」
「むむむっ、これはまた通な買取申込をする奴にゃ。そのメリットを聞こうか?」
「もしかんたん買取で申し込んで、ゴミみたいな荷物から数点だけ価値のあるものがあったとするよ。五千円とか一万円で売れるやつ。でもさ、かんたん買取だったら買取査定のときに気づいてもらえない可能性だってあるだろ? だから高価なものはあんしん買取のほうがいい。でも、ごちゃごちゃしたやつだって売りたい。そんなとき、あんしんとかんたんの二回に分けて売るなんて、そんなの手間だ。振込手数料だってかかるしね。二回分けて売ることで手間なのは駿河屋側だってそうだろ?」
「うんうん、こいつよくわかってるにゃ」
「かんたん買取は一見簡単そうに思えるが、実は違う。カテゴリごとに点数を書く必要がある。それが二、三十点ぐらいだったらいいけど、数百点なんかになればとても数えられない。こまごましたものを袋にまとめるという技もある。でも、ゲームソフトやCDなんかはそういうわけにもいかない。とにかく面倒なんだ、数えるのは。だからあんしん買取をベースにして、備考のところに『かんたん買取してほしい分も送ります』って書いたら、一番楽な買取になるんだ。これこそあんしん買取とかんたん買取のいいとこ取りをした究極の買取申込方法さ!」
「さすが……サイコー君だにゃ。よく研究している。たった八回の買取でよくここまで真相に辿り着いた。やはりおいらの目は曇っていなかったか……よし! 気が変わったにゃ! お前に買取についてもっと教えてやろうにゃ。ついてくるにゃ!」
「やったぁ、スルガニャン!」
 ということで俺とスルガニャンは隣の大きな部屋に移動。ちなみにさっきまでいたのは休憩室だった。
「――さ、入るにゃ!」
 たくさんの人がいる。ダンボールから品物を出して、パソコンに打ち込んでいるんだ。すっげー手間のかかる作業だよな、これって。
「すごいね、スルガニャン。皆、真剣な表情だ」
「真剣にやらにゃいと、作業が追いつかないにゃ。ただでさえ遅延遅延なんて世間から言われているにゃ」
「それは駿河屋の買取価格が高いから、たくさん送ってくるんでしょ? なんで駿河屋はあんなに買取価格が高いの? ゴミみたいなものでも高く買い取ってくれるじゃん」
「それはサービスだにゃ。中古業界というのはお客様が品物を売ってくれて、初めて商品として出せるんだにゃ。その気持ちを買取価格に反映させてるだけにゃ」
「スルガニャン……」
 なんていい人なんだ。なんていい猫なんだ。
「俺、また感動したよ。でもね、これだけは聞いておきたいんだ。前に雑貨箱を買ってさ、いらないものを駿河屋に売ったんだ。そしたら買ったときの倍ぐらいで引き取ってくれたよ。これって駿河屋で雑貨箱を買って、駿河屋で売ったら倍で買い取ってくれた。ちょっとおかしくない?」
「まあ、普通に考えておかしいにゃ。でも買取を担当したスタッフがそう判断したのなら、なにも問題ないにゃ。ウチでは個人の判断を尊重しているにゃ」
「ということは本当に福が入っている福袋なんだね……こんなの駿河屋でしか知らない。駿河屋だけだよ。こんなにいい福袋を売ってくれているのは。駿河屋の買取、最高!」
「ちなみに買取を申し込む際に、送料が無料になる方法は知っているかにゃ?」
「スルガイヤーだったら常識だよね。あんしん買取の場合は三千円以上のものを送るとき、送料が無料になる。かんたん買取のときは三十点以上だ。裏ワザとしては三千円以上で売る品物がないときはかんたん買取を選択したらいい。噂では貝殻を十円で買い取ってくれたという話も聞くからね。その辺の石を混ぜるのはまあ最後の手段として、セット本だったらバラにしたらいい。DVDやゲームでも特典の付属があったらそれもバラにしたらいい。雑誌なんか家族や知人に相談すればいらないものが何冊かあるはずだ。だから三十点集めることは意外に容易い。……だろ、スルガニャン?」
「なるほど……裏ワザを発見するとはさすがサイコー君。そうか、そういう手もあったにゃ。どうりで最近貝殻を忍ばせてくる客が多いと思ったんだにゃ」
「あんまり買取するジャンルも広げるのも大変だね。それだけ査定に時間はかかるし、品物を置いておくスペースも必要だ。……貝殻とか石だけでいくつぐらいあるの? っていうか、それ売ってる? サイトで見たことないんだけど。ちなみに貝殻で検索かけてもそれらしいものは出なかったんだけど」
「いや、貝殻は数回しか買い取ったことないにゃ。あまりにも貝殻が多くて気味悪がってほとんど買取不可にしたにゃ。……普通に考えたら当たり前のことにゃ」
 だよね。どこに貝殻とかその辺に落ちてる石とか買い取ってくれる店があるんだよ。駿河屋、神すぎるだろ。……あっ!
 俺はまたなんか見覚えのある人を見つけてしまった。エプロンをつけている男の人。
 ……え〜っと、あの人誰だっけ? なんかしょっちゅう見てるんだけど。でも思い出せない。
「ん? どうかしたかにゃ? ……あー、あれを見つけたかにゃ」
 俺の視線に気がついたスルガニャンが言った。そして俺は思い出す。あの男の仕草を見て。
 男はお辞儀をしていた。周りに人がいるわけでもない。それでも丁寧に何度もお辞儀をしていた。
 ……あの人は売り切れのときに表示されるお辞儀君。お辞儀君だ!
「お辞儀君っ??」
「スルガイヤーの間ではそう言っているみたいだにゃ。そう、あの男こそお辞儀君のモデルになった男、篠原拓自だにゃ!」
 えぇー、そういう名前だったの? 普通ぅー……。
「――篠原、ちょっとこっちに来るにゃ。紹介するにゃ。ウチの会社に入社することになったサイコー君」
「あ、どうも。こんにちは。よろしくお願いします。わたし、篠原っていいます。どうぞ、よろしく」
 篠原さんはずっとぺこぺこ頭を下げていた。……さすがお辞儀君だ。お辞儀が丁寧だ。
「こちらこそよろしくお願いします。サイコー君こと、涼野守です」
 お辞儀君はまた買取業務の続きに戻った。貴殿野郎にも会えたし、今日はなんて素晴らしい日なんだろう。会社に顔を出して本当によかった。
「二階に行くかにゃ? どうせおいらが二階に行こうとしたら、お前もついてくるんだにゃ?」
「ぜひ! 二階も案内して!」
「ふぅー、わかったにゃ。階段で行くにゃ」
 スルガニャンは器用に階段を上がっていく。
「待ってー、スルガニャン!」

  3 福袋について

 二階に上がると、まずスルガニャンが案内してくれたのは由宇さんがいる部屋だ。
「――由宇、入るにゃ」
「あ、お父さん……いや、スルガニャン」
 慌てて、お父さんからスルガニャンに言い換えた由宇さん。でも俺はスルガニャンと由宇さんが親子だということは知っている。
「由宇、もういいにゃ。この男にはおいらたちのことを伝えているにゃ」
「そうなの……。そんなに父さんが認められる人なの?」
「うん。こいつのオタクぶりにはいつか我々の助けになるだろうにゃ。きっとにゃ」
 椅子に座っていた由宇さんが立ち上がり、俺の前まで近づいてきた。
「そうですか……よろしくお願いします。涼野さんでしたよね?」
「涼野守です。わたしも駿河屋ファミリーの一員として、がんばります!!」
 由宇さんが笑った。……なんだ。こういう笑顔もできるんだな。
 まだあどけなさが残っているいい顔だった。そんなとき……。
 ――ガラッ!
「父上、今日の晩御飯はなにに――」
 時が止まる。いきなり入ってきたのは塔子さんだった。
「お前は……なんでこの部屋にいる?」
「え、いやその……スルガニャンが」
 塔子さんは顔を真っ赤にしていた。たぶん部屋にスルガニャンと由宇さんしかいないと思っていたのだろう。これが素の塔子さんか。かわいいな……。
「おいらが案内した。家族のことも言っているにゃ」
「そんな……? まだ直接会って二回目ではないか。なぜそのような短い期間で他人を信用できるのだ、父上は?」
「……黙らっしゃい。この男はサイコー君だにゃ。お前も知っているにゃ?」
「サイコー君? お前が勝手に駿河屋のことをブログの記事にする、あのサイコー君か?」
「はい。……なんかすみません。勝手に記事にして」
「お前のあの記事! 『ゆうメールをゆうパックにする方法』のせいで、ほとんどの客がうまい棒を五本買っている。そのせいでゆうメールにできん! 送料がかさむであろう!」
「いや、ホントすみません。調子に乗ってしまいました……」
「営業妨害で訴えてやろうかと本気で考えていたところだ。お前がサイコー君なら、入社の件はなかった話に――」
「待つにゃ! 少し落ちつくにゃ、塔子……思い出すにゃ。今までサイコー君がどれだけ駿河屋を宣伝してくれたことを」
「くっ!」
「サイコー君がブログの読者に愛されているのかは知っているにゃ。温かいコメントの数々。サイコー君のおかげで駿河屋がもっと好きになりました……そんなコメントをおいらたちが読んで感動せんわけがないにゃ。サイコー君は駿河屋のためになくてはならない存在。……なぁ、サイコー君」
「う、うぅ……そうです! そう! ありが……ありがとう……スルガニャン。スルガニャン、ありがとう……!」
 もう俺は泣きっぱなしだ。こんなにスルガニャンが俺のことを認めてくれている。大好き。大好き、スルガニャン!
「こいつのオタクぶりは異常。それゆえ役に立つにゃ。もしかしたら塔子、お前より駿河屋の知識を持っているかもしれんにゃ」
「バカな? わたしは駿河屋創業時からずっといるのだぞ? もう何年にもなる。数々の企画をわたしたち三人で考えてきたじゃないか。それなのに、こんな奴がわたしより上回っているなんて。父上のメガネも……いや、サングラスも曇ったものだな!」
「だから落ち着くにゃ。あ、サイコー君。ちなみにおいらがなんでいつもサングラスをかけているか知っているかにゃ?」
「いえ……ファッションだと思っていました。」
「ふふ、これはな、脳移植のときの後遺症なんだにゃ。光を直接見たら目の前が真っ白になるにゃ。だから常にサングラスをかけているんだにゃ」
「そうだったのかぁ……へぇー、これでまたスルガニャンの秘密が一つわかった!」
「……見ろ、塔子。サイコー君は知識に餓えておる。なんでも知りたい。挑戦したい。この貪欲でありながら、大きなチャレンジ精神を持つことが、駿河屋社員であるべき姿であると思わんかにゃ」
「うっ……でも、わたしはサイコー君なんかに……」
「そこまで言うなら勝負をするにゃ。サイコー君の知識、そして塔子の知識。どっちが優れているかを。もしサイコー君が勝てば、塔子、お前はサイコー君を認めてあげるんだにゃ」
「わ、わかった。父上がそう言うのなら……」
「サイコー君!」
「はい!」
「おいらはお前をすぐに幹部にしてやろうと思っていたにゃ。でも塔子に負けるようだったらまだ早い。最低でも一年はずっと下働きにゃ。雑用ばっかりさせるにゃ。……それでもいいかにゃ?」
「はいっ、この勝負謹んでお受けします!」
 スルガニャンはニッコリ微笑んだ。
 俺と塔子さんの駿河屋通勝負が今始まる!

「テーマは駿河屋のメイン商品でもある『福袋』について。判定はおいらと由宇がするにゃ。勝負の方法はお互いが問題を出し合い、答えられなかったほうが負け。それを交互に三回行う、いいかにゃ?」
「いいです」
「異論はない」
「じゃあ先攻は塔子がするといいにゃ」
 塔子さん……どんな問題を出してくるかな? 福袋なら得意テーマだ。
「では聞こうか。なぜ福袋のセールではファンシーぬいぐるみ袋が百円で出せるのか?」
 いきなり難しい。いろんな解釈があるが、正解はたぶんこれだ。
「駿河屋は神……客に対して神です。ファンシーぬいぐるみ福袋。昔は二百八十円でしたが、今では四百円。でも福袋セールでは百円になる。いくら貧乏でもダンボールいっぱいの福袋が買える。いつもは自分の子どもにまともなプレゼントをしてやることができない。でも、年に数回だけでもダンボールたっぷりのぬいぐるみを我が子に送りたい。そういう客層へのサービス。思いやりだ!」
「うっ……当たっている」
「駿河屋は利益の損得を考えない。考えていることはどうやったらお客様が喜んでくれるのか、そのことばかりだ。だからぬいぐるみ箱を安く提供することができる。こんなの正直赤字さ。ダンボール代だけでも百円かかるかもしれない。それからぬいぐるみの仕入れ代や人件費、送料までかかっているんだ。これが神でなければなんだ? 神だよ、駿河屋は! ……しかも、気に入らないぬいぐるみがあれば売ることだってできる。つまり、永久ループ。何度も買い直して自分の好きなぬいぐるみが当たるまで買い続けることができる。ぬいぐるみはジャンクだと言うが、実はジャンクではない。確かに使用感がある商品はある。だが、それもわずかだ。むしろほとんどが新品。タグなしのものを見つけるほうが困難だ。この福袋の存在を知ってしまったらもうUFOキャッチャーなんてできない。俺も昔、UFOキャッチャーにはまっていた時期があった。でもUFOキャッチャーは百円で確実に取れる保証はない。例え取れたとしても大抵の場合が一個だ。少なすぎる。そしてUFOキャッチャーのアームの力は今の時代、ほとんどのゲームセンターでは最弱に設定されている。一個取るだけでも五百円はかかるだろう。それでも取れないかもしれない。……だが、ぬいぐるみ箱を買ったら? 一度経験すればやみつきになる。もうぬいぐるみを手に入れる手段はぬいぐるみ箱しか考えらない。お得すぎる。駿河屋大好き! スルガニャン大好き! ……というのが俺の見解だ」
「なんと……変態か」
 最後のスルガニャン大好きは余計だったかもしれない。だが、これ以上の答えはないだろう。
「――塔子、今の答えはどうにゃ? 合っているかにゃ?」
「……合っています。最初の一本はサイコー君の勝ちだ」
 よし、一本目先取だ。……で、次は俺から問題を出す番だよな。なにを問題にするかな……あ。あれがいいかも。
「では俺からの問題です。CD箱はなぜお得なのか? 答えて下さい」
 塔子さんが答える。
「簡単すぎる。貴公、もしかしてわたしをバカにしているのか? CD箱は八十二枚。価格は七百八十円。これが福袋セールでは五百八十円になる。ウチで取り扱う一番の目玉商品だと言ってもいい。貴公のブログにも書いているが、このCD箱とネットオフの買取コンボは驚異的だ。買い手側としてまず損をすることがない」
 さすが塔子さんだ。自分とこの商品のメリットぐらい、軽くおさえてるって感じだな。
「なぜネットオフとの相性がいいと言えるんです?」
「愚問だな。普通にネットオフに買取に出すとおそらく、買取価格は三百円から四百円といったところだろう。たまにレアなCDが含まれて一枚千円以上で買い取ってもらえるケースもあるが、それは十箱につき一枚ほどの割合。それを目当てに買取で利益を出そうと思うのはあまりにもリスクが高い。ネットオフはTサイト、もしくは自己アフィリエイトすることによって、初めて価値のある買取が行えるのだ。具体的に言うと通常Tサイトを経由すれば四百五十Pが約三か月後にもらえることになっている。だが、最近の傾向として、報酬ポイントの増量――つまり、六百五十ものTポイントが保証されている。月に五回までしか利用できないがな。ネットオフの買取価格が三百円だとしても九百五十円相当が手に入る。CD箱は七百八十円。リスクはなにもない。あるのはメリットだけ。……ふっ、これでどうかなサイコー君」
「えぇ、素晴らしい答えです。的を射ています。合格です」
 もう少し難しい質問にしておけばよかったな。お互い一問目は様子見といったところ。二問目からは難しくなるだろうな。今度は俺が質問に答える番だ。
「DVD百枚入りについて、デメリットとメリットを述べよ」
 キタ……これも研究範囲だ。もしかして俺のことをサイコー君だと信じていないのか?
 ブログだとこの件の研究記事は人気ページの一位を飾っている。得意中の得意だ。
「これを俺に語らせれば長いですよ……いいですか?」
「もちろんだ。正しく正解しようと思えば説明も長くなるだろう」
 駿河屋のことになると多弁になるぜ。スルガニャンも見ていることだ。いいところを見せないとな。
「DVD百枚入り福袋……値段は八千円ですか。ここ最近で八千百円という微妙な値上げを見せましたが。このDVD、三割はゴミ……雑誌の付録とかそういうやつに付いてくるやつですね。そういうDVDは売れない。駿河屋以外ではね。では、他の八割はどこで売るか? その前に『観ないの?』とか『持っておかないの?』というのは論外……。欲しいDVDが入っている可能性はまずない。なぜかモーニング娘。とか、お笑い芸人のDVDが多く入っている。趣味でない人には迷惑なほどのラインナップだ。さて、DVD百枚箱を買う目的はただ一つ。それは転売。これをどこに売るかがポイントになるわけですが、ゲオの宅配買取一択です。ゲオの買取は特別高いことはありません。むしろ安いと言えるでしょう。しかし、ゲオで売ることを勧める理由はなにか。それはキャンペーンアップというものがあるからです。ちなみにわたしが売ったときの記憶では、キャンペーンアップ金額が八千百九十五円。査定金額五パーセントアップ百九十五円。……あ、これは宅配買取の手順を省いたらもらえるやつです。まあ、このコースを選択しない人はいないでしょう。査定金額合計自体は全然大したことありません。三千九百円です。これにキャンペーンアップ金額等を合わせた入金金額が一万二千九十五円です。福袋の価格は八千円。右から左で五千円近くの儲けだ。それに自己アフィリエイトで報酬を得るのも可能。ASPはリンクシェアが基本ですが、実はハピタスというポイントサイトを経由したほうがお得だということが最近の研究でわかってきています。買取金額の九パーセントがポイント付与される。この還元率は異常です。実質一割増しで買い取ってもらえるのと同じ。経由しないという理由がない。デメリットはありません。いや……あるか。破棄率が多い場合。そのときはキャンペーンアップもたかが知れている。最悪な場合、赤字だ。俺はそういう人を何人か見ています。しかし向こうもうプロの転売ヤーだ。その都度学習する。今では三箱買って二箱に分ける三・二方法。もしくは四箱買って二箱にして四・二方法などの転売方法が確立されている。四・二のほうが確実とも言えるが、そもそも駿河屋でDVD百枚箱はめったに出ない商品。そう何度も味をしめるわけにはいかない。販売されると三十分もたたないうちに売り切れている。これだけの人気商品ならさらに値上げの可能性もありますよね?」
「そこまでわかっているのか……さすがだな。ちなみに今度DVD百枚箱を販売するときは九千百円にしようと思っている」
「やはり……ではこの問題、俺の勝ちでよろしいですね?」
「あぁ、ここまで答えられたら正解を言わざるを得ないだろう。見事だった」
 次は俺の番か。なににする……よし、基本だが奥が深いコミックスの福袋についてだ。
「塔子さん、次は俺からの出題ですね。いいですか……では、コミックス福袋はたくさんの種類がありますが、リスクはなにか? すべてのリスクについて答えていただきたい。あとは転売にどうすれば一番効率的なのかを」
「簡単なことだ。福袋のコミックスは基本的にジャンク。そうだな、少年コミックス福袋を例にあげてみようか。まず最新のコミックスはほとんどない。あったとしても確実にジャンク品。だが、それにも程度がある。カバーがセロテープでくっつけられているものなんて、けっこうお得だ。それ以外はきれいだからな。セロテープでくっつけるのは神経質な人間の場合が多い。ひどい場合はホッチキスで止めているパターンだ。これは泣けてくるぞ。きれいに針を取ったとしても穴が目立ってしまうからな。そして最悪なジャンクと言えば、まず中身違い。これはホントもう一番最悪だ。売るに売れないからな。また、本が割れているという例もある。持ち上げればボロボロと本が崩れる。一度たりともまともに読むことができない。もっとあるぞ。全体的に多いのは日焼けだ。読んでいると臭さで頭が痛くなることだってある。あとは巻数が飛び飛びに入っているため、どうしても続きが気になってしまう」
「その続きを駿河屋で買ってもらう……ってことも当然考えていますよね?」
「やるな……さすがサイコー君だ」
「デメリットについては正解です。ではこれをどうやって転売に活かしていくか? それをお答え下さい」
「いいだろう。ヒントはネットオフだ。Tサイトを経由するのがミソだな。ネットオフはキャンペーンで十冊以上の本で宅配が無料になる。これは一見いいようにも見える。だが、たった十冊では買取金額が百円までいくことはまずない」
「そう……かつては合計五十円以上で報酬の対象になっていた。だが、消費税増税のタイミングで五十円が百円になってしまった」
「どこも厳しいものだ。大体着払いをして送料を無料にしているのだ。ネットオフにもリスクがある。それをゴミみたいなものを送って報酬まで取られたらたまったものじゃない。ネットオフだって慈善事業ではないのだ。百円に切り上げるのは当然のこと。ということは十冊送るだけでは無理だ。……三十冊が安定。だが、もっと確実性を増すには三十五冊、四十冊はダンボールに詰める必要があるな」
「ネットオフで売るときの注意点は?」
「簡単だ。こまめに売ることだ。三百冊入りの福袋を買ったとしよう。これをこのまま三百冊をネットオフに送ってしまっては安く買い叩かれるのがオチ。せいぜい千円といったところか」
「そう。だとしたら二千円以上のマイナスだ。報酬を六百五十Pもらっただけではとても割に合わない」
「そのための分割だ。三百冊……つまり三十×十回に分けて売ることができるな。本自体の買取価格は変わらない。千円。しかし報酬の面で変わってくる。六百五十Pを十回もらうのだ。これだけでも六千五百P。おいしい」
「しかしTサイトでは一人、月に五回までしか適用されなくなってしまった。これは痛い……。だから二か月に渡って売ることが大切だ。まあ、これは以前から問題でもあった。何日の間隔を空けて売ればいいのか? この悩みをほぼ解消できる。一か月に五回なら単純に計算して六日に一回。つまりは一週間に一回の割合で送ったらいい。一か月五回までという括りがなかったときはとにかく売った者勝ちだったため、期間をほとんど空けずに売ってしまう例が多々あった。あまりにも短い期間で申し込みをすると、ネットオフから電話がかかってくる。俺はこれを二度も受けてしまった。……あのときはホント、ビビっちまったぜ。最悪の場合、もう二度と利用できねぇのかと思った」
「後半、ほとんど貴公自身が答えているではないか。これが勝負だということがわかっているのか?」
「おっと……つい。俺にネットオフを語らせたら長いッスよ。マジで」
 塔子さんの知識も相当なものだ。もしかしたら転売の経験があるのか?
 駿河屋を起業する前はヤフオクで転売していた、なんてスルガニャンが言っていたな。だったらネットオフも利用していたはずだ。ネットオフはゴミのようなものを送って報酬がもらえる。その分野では間違いなく業界トップだ。
 また、ブックオフオンラインだと買取金額関係なしに三百円の現金が報酬としてもらえる。だが、これは自己アフィリエイト限定。
 気軽にTサイトから、なんてことはできない。しかもASPはリンクシェア限定だ。
 だが、決して利用価値がないわけでもない。ほとんどのところで買取を拒否しているビデオや雑誌。これがブックオフオンラインで売れる。
 道端に落ちている雑誌をいくつか集めてブックオフオンラインに売ることだって可能だ。だがマンガの週刊誌、月刊誌などはいくらブックオフオンラインといえでも買取はできない。要は賢く使い分ければどんなショップにもそれぞれメリットがあるわけだ。
「では、次の問題でラストだな。出題だ」
 一人、問題は三つまで出せる塔子さんはこれが三つ目。ラスト問題だ。
 この問題に成功すれば、塔子さんには大きなプレッシャーがかかる。俺に負けの要素はなくなる。
 しかし、この次の俺の出題を塔子さんが答えればイーブン。どちらが勝ちかはスルガニャンによって決められる。
 ……絶対に落とせない。この問題だけは!
「では、わたしから最後の質問だ。【大特価】女性におくる同人誌 箱いっぱいセットについて答えよ」
「答えよって……なにを?」
「知っていることならなんでもいい。しかし、『これは同人誌の福袋です』なんて誰でも言えるような答えでは正解とは言えんぞ」
 これ……俺、買った。買ったことあるよ!
 たぶん塔子さんは女性向きの商品だからといって、俺が買うことはないと思ったのだろう。しかし、この福袋は七百円。若干ホモの要素が入っている俺が試さないわけがなかった。
 この福袋ははずれだ。よく覚えている。値段が安く、さらに大特価なんて書かれていたら、つい買ってしまうわなぁ〜。
「この福袋、はずれ箱ですね?」
 塔子さんの顔が少し引きつった。
「……なぜそのようなことが言える? 口からでまかせを言っているだけであろう」
「違うんだな。この福袋、俺も買いました」
「なにっ? まさか、男のお前が買ったというのか? ……ホモ?」
「えぇ、ガチではありませんが……若干。ダンボールの大きさはなかなかのものです。重量もある。俺も開ける前まではワクワクしていましたよ。七百円でこんなに入っていた。早く購入することができた、なんてね。でも開けてみればすぐにわかる。……これははずれ箱。その理由はほとんどが無料で配布されていたコピー本だからです。つまり、印刷会社によって加工されていない。ホッチキスや紐で止めただけのもの。その質は悪い。中には小学生が描いたのでは? と思われるものも含まれている。高校の文化祭でマンガ部が描いた、『自由にお取り下さい』ってのをかき集めたようなものばっかりですよね。俺はこの福袋を買って、ほとんどそのままの状態で買取に出しましたよ。いくらで売れたのかはわからない。二割ぐらいバックすればいいかなぁって。しかし、まだこの福袋を扱っているんですか。どこに需要があるんです?」
「まったくないわけでもない。これでも欲しがる客はいるのだぞ」
「なるほど……確かにいる。そういうツワモノたちが。だが、商品のタイトルがあまりにもよくない。これではただの初見殺し! コピー本集めました福袋と改名したほうがよいのでは? これではまたクソ袋掴まされちまったとクレームになることもあるでしょう。もっとも俺はこういうガッカリ感は嫌いではないですが。くく……」
「へ、変態か。やはりサイコー君は変態……?」
「この問題、俺の正解でいいですね?」
「くっ、そのようだな。まさか女性向けの同人誌まで手を出しているとは思わなかった……」
 さて、俺のほうもラスト問題だ。ラストに相応しい問題はなににするか。……ようし、あれでいくか。
「レトロゲームの福袋……あれ、いきなり高くなりましたよね? とくとくセットで、俺は二千四百八十円でたくさん買いましたよ。ワンダースワンのセット、ゲームボーイのセット。でも、それ以降かなり高い。一万を超えているでしょう。なんだってあんなに値段の変動が激しいんです? 説明できますか?」
「うっ、それは……」
 どうやら塔子さんは知らないようだ。だとしたらスルガニャンか由宇さんが値段を変えた?
「さあ、どうなんです? 質問に答えられないようでしたら俺の勝ちですよ?」
「それは……予想以上に売れたからだ! だからもっと値上げをして、需要と供給のバランスを図ろうと……!」
「それが塔子さんの見解ですか? ……残念だ。俺にはとてもそんなこと信じられない。つまり、いいですか? あれは――」
「……もういいにゃ」
 スルガ……ニャン?
「値段の変更はおいらは勝手に決めたこと。そういう細かい話を塔子にはしていなかったにゃ」
「お父さん……」
「サイコー君、君はどう思う? もし、おいらと同じ考えなら君は幹部だ。さあ、言ってみろにゃ」
 幹部? 俺がいきなり駿河屋の幹部……。
 もしそうなったらセールの企画を独自に考えてもいいってのか。あるぞ、アイディアはたくさん!
 俺の思い描いていた夢が叶いそうだった。しかもこんなに早く。
「さあ、言うにゃ!」
「わたしには答えられます。なぜ福袋が高くなったのかを」
「にゃ、にゃんと! 早く値上げの理由を言うにゃ!」
「俺は見ました。ブログを。駿河屋で買った福袋にレアなゲームソフトが入っているって。それを転売すれば何万にもなったって。……そのほとんどがレトロゲーなんです」
「……つ、続けるにゃ」
「今でも新品で売っているソフト……PS3やDSなんかでレアなソフトってありますか? ないでしょう。ですが、レトロゲーなら何十万円もするソフトがあるんです。ファミコン、ネオジオ、PCエンジン、セガサターン、比較的まだ新しいドリームキャスト。数千円の福袋の中に数万円のソフトが入っていた。買った多くの人たちがこれを喜んだ。そしてネットで売った。その儲けは十倍以上。いくら駿河屋のサービスがすごすぎても、これはさすがにサービスしすぎ。だが、どのソフトに価値があるのか、あなたたちはよくわかっていなかったんじゃないですか?」
「うっ、うぬぬ……っ!」
「だから一番簡単な方法。値上げという手段を取った。違いますか?」
「確かに、サイコー君の言う通りにゃ。でも他にどういう手があった? おいらはな、始めはそれでもいいと思っていたんだにゃ。でもあるブログを見ると、『駿河屋、価値のあるソフトわかってねぇ、ごちそうさん!』なんて記事もあったにゃ。おいらたちは客にサービスをする。だが、無知呼ばわりされるなんて、悔しくて悔しくて……」
 スルガニャンが泣いてしまった。よっぽど悔しかったのだろう。だが、それも俺が入社してきたからには大丈夫だ! これからはずっとスルガニャンを守るよ。
「スルガニャン……ぼくにいい考えがある。まずは価値のあるソフトのリストアップだ。なぁに、検索すればいくらでも出てくる。そしてソフトの画像も手に入れよう。まとめるんだ。そして買取・検品の際にすぐそれがわかるようにしておく。そしたらレアソフトの取りこぼしがない。地道に一つずつ登録するしかないんだ。……確かに値上げをすれば、例えレアゲーが入っていたとしても、『駿河屋ざまぁー』なんて言われることもない。だが、そんなことを言う客はごく一部だけさ。ほとんどのお客は昔のゲームをやりたい。童心に戻りたいんだ。……それをしてこそ駿河屋だろ。売れないソフトは今まで通り福袋にすればいいじゃないか。福袋バンザイだ。スルガイヤーは福袋を待っている。福袋で日本中のすべての人たちを幸せにすることができる。それが駿河屋でしょう? スルガニャン……」
「おっ、おぉ……っ! おおぉっ!」
 スルガニャンは言葉にならないほど泣いた。
 その姿を見て、塔子さんと由宇さんも泣いた。……俺ももらい泣きだよ、ちくしょう。
 でも、これで俺もスルガニャンファミリーの仲間入りだ。スルガニャンと家族になったような気がした。
「この勝負……サイコー君の……勝ちだにゃ!」
「……異論はない。わたしも認めよう。貴公の駿河屋に対する熱い思いを!」
「塔子さん……」
 塔子さんが右手を俺の前に出してきた。そして、二人は固い握手を交わす。塔子さんに認めてもらえた。嬉しい……。
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